金獅子運送会社 金獅子運送会社25 ノアールが船室のベッドに身体を投げ出していた。 ぼんやりと眺める先からは、金髪碧眼の美しい女性が、穏やかな微笑みで見つめてくる。 保存映像であるそれは、時折ノイズが発生して画像の乱れを生んだ。 放置していると、何度もくりかえし再生され、彼女はノアールに熱く恋するような視線を送り続ける。 音声はデータ不良のため再生されない。形よく動く口元が何を伝えようとしているのか。 ノアールは一度も彼女の声を聴いたことがなかった。 折角の人質作戦を、またもや銀狼に阻止された。事あるごとに自分たちの働きを邪魔だてしてくる。すでに、近傍小惑星アモール群での仕事が困難になってきたため、火星に渡って来たのにこの有様だ。 最近は民間の船まで武装しているため、実にやりにくくなった。これ以上抵抗されては、自分たちの存続が危ぶまれる。そのため、どうしてもラヴィアンローズの武装を強化したかった。 突然、ベッドのヘッドボードに設えてあるインターホンがシグナルを発した。 ノアールはスイッチを入れて受け入れる。 「船長、フォボスが確認されました」 部下の報告を聞いて、音声だけのそれでも、常にやり取りをしているオペレーターだと声だけで分かる。 それほど、彼とは付き合いが長い。 「そのまま軌道上に待機。クラリオンを待つ」 「了解。軌道上に待機します」 ノアールは、復唱を確認してから通信を切った。 ベッドから起き上がり、枕元に置いてあるペンダントに触れると、それまで続いていた映像が空間に溶けるように消失した。 ベッドにドレスを脱ぎ捨てて、それまで映像を空間に投影していたペンダントを首に下げる。 そして、クローゼットから選び出した黒く光沢を放つレザースーツを着用し、銃を抱いたホルスターを脇に下げた。 人質を奪われようとも、クラリオンの高エネルギー砲とマックス・ウエーバー博士の技術をどうしても手に入れたい。 ノアールの決意が、その戦闘服とも云うべき服装に現れていた。 「フォボス軌道上に、船影発見。識別信号は発信していません。多分、あれがラヴィアンローズでしょう」 クラリオンのブリッヂでは、ジョゼがレーダーに捕らえた船影を報告していた。 ノアールの指示どおり、クリプトン砲とマックスを乗せたクラリオンは、フォボスまでやって来た。 人質のオスカーを救出するためにライアンは思案したが、結局は賊と接触するしか方法は見つからない。 クラリオンは、ラヴィアンローズとコンタクトを取った。 「よく来たわね」 フロントスクリーンに映るノアールの姿を見て、ノアールが本当に男性だった事を知り、ブリッヂの一同はその変貌ぶりに唖然とした。 ゆるやかにカールする豊かな黒髪と、化粧を落としても美しい容貌は、見るものを理不尽な気分にさせる。 最悪なオカマ海賊が、どうしてこんなに美しいのかと、納得できない憤りを感じる。 「オスカーは無事なのか?」 丈の長いユニフォームに身を包み、スクリーンゴーグルを装着している人物が訊ねる。 それがライアンの戦闘に備えての姿だとノアールは直感した。 そして、まだラヴィアンローズにオスカーが囚われていると信じるその言葉に、ノアールは勝機を予感していた。 「――無事に返して欲しいなら、約束のものを渡してもらうわ」 人質がいないと知られる前に、取引を終わらせたい。 ノアールは直ぐに、クリプトン砲とマックスの放出を要求した。 「わかった。……人質を今直ぐ解放してくれ」 「約束のものを確認してからよ。ニセモノをつかまされたとあっては、穏便には済まされなくなるでしょう?」 クラリオンは分の悪い取引に二の足を踏む。 すると、ブリッヂにクリプトン砲を船外に放出するよう指示が入った。 『俺なら大丈夫だ。キャンディもいるしな』 「しかし‥‥」 『なんとかなるさ。必ず帰って来る』 「済まない‥‥俺のために」 『お互い様だろ』 通信が切られて、キャンディと気密服に身を包んだ人物が、クリプトン砲とともにクラリオンから放出される。 ノアールはそれを確認して不遜に笑った。 「そのまま後退しろ」 ノアールはクラリオンに指示して後退させてから、放出したクリプトン砲にラヴィアンローズを向かわせる。 クラリオンのブリッヂでは、固唾を飲んでその様子を見守っていた。 クリプトン砲の回収に向かうラヴィアンローズのブリッヂで、ノアールが部下に確認した。 「ウエーバー博士は?」 「はい。生体反応を確認しました。クリプトン砲とともに在ります」 「そう……」 ノアールから、安堵を示すような笑みが思わずこぼれた。 しかし、それはレーダーのエマージェンシーシグナルによって、すぐに緊張の表情にかき消されてしまった。 「なんなの?」 「後方から飛行物体接近。ニルヴァーナです」 「なに!?」 思わぬ横槍が入り、ノアールは狼狽した。 ここで全てが明かされては、何もかもが水の泡となってしまう。 「クリプトン砲の回収を急いで!」 「船長。ニルヴァーナのほかにもう1機……高速接近中」 「撃ち落としなさい!」 即刻命じたノアールだったが、高速でラヴィアンローズの横を通り過ぎる機体にはなす術もなかった。 その機体は放出されたクリプトン砲に接近し、コックピットのハッチを開けた。 気密服に手を差し伸べてスーツの一部に触れる。 「間に合って良かった。早く乗れ」 それはウルフの声だった。 しかし、ここで取引を中断してはオスカーの身が危ぶまれる。 彼は躊躇した。 「オスカーの事なら大丈夫だ。俺が救出した」 差し伸べられた手を思わず掴むと、コックピットの後部座席に引き入れられる。 「本当か?」 「ああ。今は俺の船にいる」 コックピットのハッチを閉じて、ウルフは気圧が戻ったのを確認してからヘルメットを脱いだ。 「どうしてあんたが……」 戸惑うその声を聴いて、ウルフは違和感を抱く。 その声には不思議と聞き覚えがあった。 [後#] [戻る] |