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金獅子運送会社
金獅子運送会社 10






もう一度逢いたいと思っていた彼に、こんなに早く出会えるとは思ってもみなかった。
しかし、自分の不始末を詫びなければならない時に、どうしてウルフが居合わせるのか。偶然と言うものがこんなに悔しいと感じたのは初めてだ。
ライアンは気が重くなったが、それでも、けじめはつけなければならない。

本当は、彼とはもっと別なところで逢いたかった。

ライアンはウルフに目礼してから、意を決して店主に向かった。

「先日は……ご迷惑をお掛けしまして……」

消沈した様子で口ごもるライアンに、店主は穏やかな表情を向けた。

「ご記憶違いでは?そのようなご挨拶をされるいわれはございません」

店主の応えにライアンは驚いて言葉を失った。
あえて知らないと通す店主の在り方に、ライアンはハミルトン大佐との密約を感じた。
そう言ったリスクも抱えてハミルトン大佐との繋がりを持っている。
店主からはそんな覚悟の程が見てとれた。

それまでは、不測の事態でもなかったはずの事件に、うまく対応できなかった自分が嫌になって沈んでいたライアンだったが、その心が、少しだけ楽になった。

「申し訳ありませんでした。ありがとうございます」

ライアンは謝罪と礼を向けてから、それまでふたりのやり取りを黙って見守っていたウルフに視線を移した。
やっとウルフと向き合える気持ちのゆとりが出来て、ライアンは微笑みを返した。

「奇遇ですね。今夜は大佐とご一緒ではなかったのですか?」

小耳に挟んだ約束を示唆した。
ウルフはハミルトン大佐と会っているはずだった。それなのに、どうしてこんなところで独りで飲んでいるのかと思う。

「大佐なら、ベースからのコールで戻られましたよ」

事情を知っていたようなライアンの言葉に苦笑して、ウルフは、隣の席に着くようライアンを促した。
ライアンは誘われるままカウンターバーに足を掛けて、小さな木製の背もたれがついた丸椅子に腰掛けた。

肩を並べて座ると、ふたたび懐かしい感情がわいてきて。まるで、ずっと離ればなれでいた友と逢ったような、そんな感情に満たされる。
ライアンは不思議と、この出会ったばかりの男に親近感を抱いていた。

ライアンの前にコースターを置いて、白髪の店主が改めてライアンを迎え入れた。
黒いシルクのベストに、プレスの跡が残っている白いシャツ。蝶ネクタイを締めた姿は姿勢良く、年齢不詳で若々しく見える。

「ご注文を……」

訊ねられて、ライアンは応える。

「バーボンを……ロックで」

店主は、カウンターの奥の棚から、よく磨かれたひとつのグラスを取り出した。
大きめなクラッシュアイスを入れ、棚に並んでいたボトルのひとつを手に取って、そのグラスに酒を注ぐ。
そして、コースターにグラスを置いてライアンの前に滑らせた。

それを手に取ると、ウルフが乾杯の仕草を見せた。
ライアンはグラスを掲げてから、グラスの中のバーボンの香りを楽しんで、少しだけ口に含んだ。
独特の芳醇な味と香りで、それが年代物の旨い酒である事を知った。

酒を味わって満足そうに笑うライアンに、店主もまた満足して微笑んでから、カウンターの中で洗いたてのグラスを磨き始めた。

「この店には、よくおいでになるのですか?」

ライアンの問いに、ウルフは秘密を纏った笑顔を見せて応える。

「大佐とお会いするのはいつもここで……。君もそのクチなのだろう?」

指摘を返されて、ライアンはどう答えていいか迷う。
どうやらウルフも、大佐と交渉しながら武装を固めてきたらしいと悟る。

「お互い……同様の苦労をしてきたようだ。君とは一度ゆっくり逢いたかった。この偶然に感謝している」

触れる肩がウルフの温もりを伝えて、ライアンの動悸を誘った。
彼が、自分と同じ想いでいた事が嬉しい。

「いつまで……地球に?」

「ヴェルガへの積み荷があるんでね。契約が終わったらすぐに発つ予定だ」

「本社はヴェルガですか?」

「ああ……。わたしは生まれは地球なんだが。子供の頃アモールに移住してね。そこで立ち上げた家業を継いだんだ」

仕事や自分の生い立ちなどの、他愛のない会話。そんな交流がライアンには嬉しかった。
若々しい外見に反して、話し方も何気ない仕草にも、大成した大人の男の余裕が見え隠れする。
紳士というのは、こういう男を指すのだろうと思いながら、ライアンはウルフに急速に惹かれていった。



時間は足早に過ぎて行く。

隣に座っていながら、いつしか身体は向き合い。すっかり打ち解けて談笑するふたりに、店主は頃合いを見計らって酒を注ぎ足す。
グラスを重ねて結構な酒量を飲んでいながら、ライアンは適度な酔いに上機嫌で、ウルフが話す未知の世界に魅せられていた。
ウルフは、仕事が充実している反面、プライベートには潤いはなく、未だに独身でいると言う。

「──ひとつ、うかがってよろしいですか?」

ライアンは指先で紫煙をくゆらすウルフに向かった。
自分に関心を見せるライアンに、ウルフは穏やかな視線で返す。

「なんだ?」

「その傷は……どうされたのですか?」

意外な質問に、ウルフはライアンの真意が掴めない。
単なる興味本意ではなさそうで。ライアンは興味本意で不躾にそんな事を訊ねてくる男でもないと思える。
ウルフは短時間の関わりでありながら、ライアンに対しては高い評価を持っていた。

「──子供の頃、宇宙で事故に遇ってね……」

ウルフが、俯き加減に手元のグラスを見つめながら、呟くように返した。

ライアンの意識が引かれる。

自分の兄と同じ過去を持つ男。
兄は亡くなって。
この男は生きている。

もし、自分の兄が生きていたとしたら、こんな風に成長していたのだろうか。
ライアンは、祈りに近い感情でウルフを見つめた。
それ程までに、ウルフはライアンの父に似ていたのだ。

「ご両親は……」

どうしてそんな事にまで関心を示すのか。
ウルフは疑問に思う。

「その事故で亡くなったよ……」

ウルフの言葉を聞いて、ライアンは更に予感と期待を抱いた。

「その頃の記憶は曖昧でね。奇跡的に生きていて、それでも救助された当初は言葉を失っていたそうだ。……しばらく宇宙に出るのが恐ろしかった事だけは覚えている」

ウルフに初めて出会った時に抱いた懐かしい感情。
その直感に間違いがないなら、彼が自分の兄なのではないかという思いに囚われる。

ずっと兄を想っていた。
優しくて、いつも自分を愛してくれた。
尊敬していた父に愛されていた憧れの存在。

今、目の前に居るこの男が、他界してもなお自分の心を占めている兄だったとしたら………。

そんな風に思ってしまうと、ライアンは自分の感情が走り出すのを止められなかった。


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あきゅろす。
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