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「また馬車に乗っていくかい?」
「もう結構です!」
俺は慣れない革靴で会場をひたすら走った。
途中何人かにぶつかったが謝る暇もなく、必死に人混みをかき分けながらやっとの思いで扉まで辿り着いた。
「あと5分しかないよ」
「貴方がもう少し踊ろうとか言うからじゃないですか!」
「何、僕の所為にするの。咬み殺すよ」
「なんで俺が悪いみたいになってんの!?」
魔法使いさんはまるで目の前に障害物なんていないかのように、スルスルと人混みの間を通り過ぎていく。
(この人本当にどうなってんだ…。何しに来たんだ?まさか俺と踊る為だけに忍び込んだスパイ!?)
…いやいや、そんなわけないでしょ。
俺は自問自答の末、呆れ顔で溜息をついて目の前の重い扉を開けた。
すると、華やかな舞踏会には不釣り合いの黒ずくめの男が数人、入れ違いにお城に入ってきた。
俺は態勢を崩して、その人達にもぶつかる。これで何人目だろうか…。
「うわ…っ、すいません!」
「君は人にぶつかるのが趣味なの?」
「んなわけないでしょ!…あの、ごめんなさい。俺前をよく見てなくて―――」
そう言いながら黒ずくめの男達を見上げる。
頭上にはよく見慣れた―――出来ればこのまま会わずに帰りたいと思っていた、あの人達の驚いた表情があった。
「あら、なんで貴方がここにいるのかしら?」
「それにその格好…どこにそんなお金があったの?もしかして僕の金庫から…」
「う゛おぉぉい!説明してもらおうかぁ!?」
「お…お兄様…」
サーッと熱が引いていく。この会場はこんなに室温が低かっただろうか。
俺は無意識のうちに後ずさっていた。ごめんなさいごめんなさいと連呼しながら。
「あの、俺…、…そうだっ、魔法使いさんに―――」
助けを求めて辺りを見渡す。
しかし先程まで隣にいた筈のあの人は、忽然と姿を消していた。
「ええ…!なんでいなくなって…、ま…魔法使いさん?何処行って…」
何度見回しても見つけられない。まるで煙のように消えてしまった。
取り残された俺は一番上のお兄様に襟首を掴まれ、城の外へ引き摺られていく。一瞬息が出来なくなった。
(なんでいないんだよ!さては逃げた…?元はと言えばあの人の所為で…っ)
「い…っ」
大理石の壁に押し付けられて背中に激痛が走った。
少し前までの賑やかな舞踏会から一転、お城の裏は木々が生い茂り闇に包まれていた。
そして目の前に構える3人のお兄様―――。
「ねぇ、こいつは僕が貰ってもいい?金庫を確認するまでは信用できないからね。もし盗んでたとしたら…」
「いいえ、私に任せてちょうだい。折角いい男を見つけたのに口説いても落ちないんだもの。寧ろ逃げて行っちゃうし…。苛々してるのよね」
「…それは仕方ないんじゃないかな、ルッス姉さん…」
「あら、どうして?でもまぁ、この子を殴ってストレス解消するからいいわ♪」
(ひいいい…!怖いよ俺殴られる…!?その前に逃げなきゃ…っ)
じりじりと壁に沿って、言い争いをしている2人を確認しながら逃げるタイミングを計る。
いざ走る!…そう思って振り上げた腕はいとも簡単に、今まで黙っていたもう一人のお兄様に掴まれてしまった。
鋭い眼光が身体に突き刺さり、背筋が凍る。
「俺達はなぁ…なぜか知らんが馬車が途中で壊れて歩いてここまできたんだぁ…。なのにてめぇは使用人の分際で…、このカスがぁぁ!」
(…殴られる…っ)
俺はぎゅっと目を瞑って、もしかしたら助けに来てくれるかもしれないあの人の顔を想い浮かべた。
そして暗闇には叫び声が響き渡った―――。
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