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「う゛おぉぉぉい!何だこの掃除の仕方はぁ!」
室内に響き渡るお兄様の声。
その大きすぎる声音に思わず身体が退いた。
「あ、えと…ごめんなさい…。…あの、どこが駄目なんですか…?」
「全部だカスがぁ!全然綺麗になってねぇじゃねえか!」
「あらー、そんなに怒っちゃ可哀そうよ。その辺にしときなさい」
「ルッス姉さんの言うどおりだよ。怒ったところでお金になんてならないんだから」
次々と罵倒を浴びせる一番上のお兄様は、庇っているのか貶しているのかよく分からない弟達によって静められた。
「チッ…もういい、さっさと行けぇ」
「は、はい!」
俺は急いで部屋を出た。そのまま中庭に向かう。
外は既に日が落ちていて、闇に包まれていた。
「はぁ疲れたー…。お兄様達は細かすぎるんだよなー。俺だって頑張ってやってるのに…」
ぶつぶつ文句を言いながらその辺に置いてあった放棄で、落ち葉をかき集める。
屋敷の中からは、これも駄目だあれも駄目だと近所迷惑を考えない大きな声が聞こえる。
「そういえば今日って舞踏会があるんだっけ」
(出来ることなら俺も行きたいよ…)
美味しいご飯を食べたいし可愛い子と踊って見たい。王子様だって見てみたい。
だけど俺には燕尾服みたいな立派は衣装がなかった。
綺麗な靴も、お城まで行くための馬車も、それを買うためもお金もなにもない。
「ちぇ、お兄様達だけずるいよなぁー。俺だって何か奇跡が起これば―――」
「その願い、叶えてあげようか?」
突然後ろから声が聞こえた。
振り向くとさっきまで誰もいなかったはずのベンチに、黒いマントをはおった人が座っていた。
「え…?あの、どちら様ですか?」
「僕は魔法使いさ。惨めで可哀想な君の為にわざわざ来てやったんだ。感謝してよね」
「な…っ、俺そんなの頼んでませんよ!っていうか勝手に屋敷内に入ったらやばいですって!お兄様達に見つかったら…」
「大丈夫。さっき馬車で出かけていく気配がしたから。―――それより君…」
魔法使いと名乗ったその人が俺に近づいてくる。
マントの隙間から少しだけ見えた顔は、今まで生きてきて見たことがないくらい綺麗―――というか美しかった。
「舞踏会に行きたいんでしょ?それなら僕が魔法で衣装と馬車を用意してあげるよ」
「え、でも悪いですよ!見知らぬ人にそんな…」
「いいから黙ってて」
そう言うと魔法使いは杖を取り出した。
『大なく 小なく 並がいい』
…なにやら意味不明な言葉を唱え始める。
すると真新しい燕尾服と、ハリネズミの姿をした馬車が目の前に現れた。
「…………は」
「これで満足かい?ほら早く着替えて乗って」
「これに乗るんですか!どう見ても刺さりますよね!?」
そしてなんやかんやで俺は舞踏会が行われるお城に向かうことになった。
いつの間にか謎の魔法使いは消えてしまっていた。
『じゃあ、またあとでね』
と言い残して―――。
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