破片の恋
別れの言葉(2)
.
「……わかった。」
「ん?」
「納得はしてないけど、渡辺さんの言うことを、一応承知したって言ったの。」
「―――あ…そう?良かった。」
渡辺はほっとした笑顔を見せ、「それじゃあ話は終わった」とばかりに自分もおもむろに席を立った。
視界の隅に、彼がごそごそと自分の私物を鞄に入れている様子が映る。
大した物は置いていなかったから、作業はそれこそあっという間に終わった。
そして悠の後ろを通り過ぎ、玄関にさっさと行ってしまう。
悠は、スポンジに洗剤をつけて、1枚目の皿に取りかかった。
まだ涙は出ない。まあ、ここで泣いてみせたところで渡辺のような男の気持ちが変わるとは思えないが。
渡辺は靴を履いて上着を着ると、別れの挨拶をするために悠を正視してきた。
「じゃあ…長い事ありがとう。あ、あと晩ご飯ごちそうさまでした。」
「うん。…あ、待って。」
悠はふと気付いて、こみあげた苦笑いを噛み殺しながら、ナイトテーブルの引き出しから“ゴム製品”の箱を取り出し、渡辺に手渡した。
「持って行って?」
「あ、うん。」
渡辺は若干恥ずかしそうに、もたもたとコンドームを鞄にしまう。
すると今日初めて、こんなに間近でお互いを見つめ合う格好になった。アパートの玄関は狭く、空気が重い。
頭一つ高い位置から、渡辺が口を開いた。
「……えーと、前から悠に一度言おうと思ってたことがあるんだ。」
「なぁに?」
見上げると、少々言いよどむような仕草。
「…あのさ、悠はすごく頭が良いし、家事も一通りできるんだけどさ―――」
渡辺の目が悠ごしに、すっきりと片付いてセンス良くまとまった部屋を見渡す。
大学院での成績も、それまでの学歴も、アルバイトでの収入も何もかも、悠の方が彼より上だった。渡辺が勝っていた所があるとすれば、彼は自動車運転免許を持っていて、彼女は持っていないということだけのように思われる。
悠は渡辺が言葉を続ける前から、自分が何を言われるのか予想がついた気がした。
女としての可愛げが無いとか、つまらないとか。
そんなところだろう。過去の恋人にも何度か言われたことがある。
ところが、渡辺の言葉は彼女の予想外のものだった。
「もう少し、ちゃんとした方が良いと思うよ。色んなことを。」
悠がぽかんとしてしまったことは、言うまでもない。
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