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破片の恋
龍太くん(2)
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 「司城さんが好きだから、付き合ってほしいんだけど。」
 「龍太君って、何だかすごいのね。」


 頬を染めて、悠は困惑気味に答えた。
 彼女は龍太をよく知らない。同じクラスの男子で生徒会長をしている子、という程度にしか認識したことがなかったし、何より、ほんの数日前に初めてまともに言葉を交わしたばかりだった。
 良くも悪くも、龍太は自信家である。
 取り立てて目立つ美形でもないし、スポーツも出来る方だが抜きんでているわけではない。成績は言うに及ばず…。音楽ができるわけでも絵が描けるわけでもない。
 だが、恵まれた家庭の次男坊で、両親は我が子のことは褒めて伸ばす教育方針であった。
 おかげですくすくと真っ直ぐに育ち、今日に至る。
 まさに悠にとっては未知の明るさを、四方に発散しているタイプだった。

 (ふーん、こういう人間もいるものなのね…。)
 そんなことを、彼女は思ったかもしれない。
 母も兄もその他の親族も東堂先生も、そろって(どちらかといえば)陰性の性格をしていたものだから、龍太のことが物珍しい。悪くない。好ましい性格の少年である。

 あれこれ考えるより早く、悠は返事をしていた。
 「お付き合いするのは良いけど、私は龍太君に何をすればいいの?」
 なぜか龍太少年は耳まで赤くなったが、慌てて取り繕った。
 「ほら、一緒に帰ったり、勉強したり、買い物に行ったりさ…。」
 「そう。じゃ、そうしましょ?」
 花のように微笑んで、悠は握手の手を差し出した。

 高校を卒業するまで、二人はつつがなく、いたって清らかな交際を続けた。
 このまま結婚するんじゃないか?と言われるほど安定したカップルだった。
 悠は数多の女と違って、怒ったり泣いたりして恋人を困惑させることがない。
 行きとどいた思いやりを示すし、男の自尊心を大切にした。
 また龍太は、そんな彼女に真心こめて尽くした。

 ところが意外なことに、卒業して半年もしないうちに二人は別れてしまった。

 悠は発願どおり、東京大学に進学した。
 悠が家庭教師をしたおかげか、龍太も名門私大の医学部に進んだ。両親は大喜びだった。
 龍太はやっと親の目を気にすることなく悠を自分の城に呼べる、とほくそ笑んだものだが、悠はといえば、何かと理由をつけて、いつまでたっても龍太の部屋を訪れようとしない。
 じゃあ、背伸びしてラブホテルにでも…と思うが、悠は門限があるから、と夜10時には帰ってしまう。
 そうこうしているうちに、悠も龍太もそれぞれサークルに入り、そちらの人間関係が充実しはじめた。

 たった一度だけ、龍太は部屋に同期の女の子を招き入れた。
 終電を逃したとか酔いつぶれたとか、もはや記憶にも残っていないほどありふれた理由だった。誓って何も起きなかった。
 それが、一体何がどうなって悠の耳にそれが入ったのか、彼女の知るところとなってしまったのである。
 デートが終わり駅の改札で別れる段になって、龍太はその事実を知った。

 「ごめん!もう絶対に部屋に入れたりしない。」
 龍太は頭を下げた。悠に嫌われたくはない。
 別れるなどもってのほかだ。
 「謝ったりしないで。私、怒ってないから。」
 そんな言葉に、女神か、と顔を上げる。
 そしてぞっとした。
 目の前にあったのは、こんな場面にはあまりにもそぐわない、子どものような真顔だった。
 「だって分かるもの。龍太君は男の人だから、女とは違って、その…色々あるでしょう?私じゃ物足りないだろうと思う。」
 「だから、何もなかったって言ったじゃん!」
 「うん、それは信じてる。私が言いたいのは、私たち二人のこと…。」
 悠の言葉に、龍太ははっとするものがあった。
 「もしかして俺とエッチするのが嫌?」
 「や…やだ…そんな言葉、そんなにはっきり言わないで。」
 周りをちらっと見やり、悠は恋人を制する。
 龍太が不純な欲望を股ぐらに抱え込んで悩んでいるというのに、この清純さは何としたことだろう。全く嬉しくない。

 「悠が嫌でも俺はしたい。」
 悠の腕を無理やり掴んで、龍太は歩きだした。
 男たるもの、駅周辺のラブホテルの配置くらいしっかり把握しているのだ。
 「やっ!やだ!!龍太君、やめて…!」
 声をひそめて彼女は拒もうとする。
 ついには何のでっぱりもない駅の壁にすがってまで抵抗しようとした。
 龍太は、その姿を見て苛立つのを通り越して呆れてしまった。
 この少女は、2年もの間、いったい何のために自分と付き合ってきたのだろう?

 「俺のこと嫌いだったの?」
 「好きよ。」
 清楚な顔が、まっすぐにそんなことを言ってのける。
 「初めてだから怖いとか?」
 「ううん、違う。たぶん龍太君が私とは違いすぎるから、自信がないの。」
 「どういう意味か分かんねーんだけど。」
 やや甲高い声になった龍太を、悠は穏やかに諭す。
 「龍太君には、もっと明るくて、龍太君自身みたいに日向で育った女の子の方が良いっていう気がするの。私、昔ね、算数の先生と人に言えないような関係だったこともあるのよ。もし私がそのことを公にしたら、その先生は捕まっちゃうかもしれない。」

 「…何の話?」
 ぎょっとしてしげしげと眺める。
 悠の表情は普通だった。

 これは、自分の愛情を試されているのだろうか?
 それともこんな話を持ち出すくらい、どうしても自分と別れたいのだろうか?
 この期に及んで、龍太は前者であってほしいと思ってしまう。
 しかし悠は容赦なかった。
 申し訳なさそうな自嘲が彼女の口元をほころばせた。

 「…内緒ね?」







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あきゅろす。
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