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破片の恋
別れの言葉
 悠(ゆう)はなぜ今この場でも涙が出ないのかと不思議に思っていた。
 こんな悲劇が起きたというのに。

 夜11時ちょっと過ぎ、アパートの一室。
 目の前には空いた食器と、ついさっきまで自分の料理を美味しそうに食べていた恋人、いや、既に「元恋人」になりつつある男がいる。
 ベッドの上で長々と寝ている猫の耳がぴくぴくと動くのが、やけに目についた。

 「理由を聞いてもいい?」
 「理由?」
 「うん。私の何がいけなかった?」

 渡辺は驚いた顔をした。そんな質問は想定していなかったのだろう。彼のそんな様子に悠も驚いてしまった。

 「……思いつかないなぁ。」

 なぜか救いを求めるような顔で見つめる彼。

 ああそうか、この人はこの別れ話に言い訳さえ用意していなかったのだ、と呆れてしまう。
 (その程度の存在だったということなのかもしれない…。)
 やっぱり、と既に冷静さを取り戻している自分がいる。

 「変な誤解されたくないからちゃんと言っておくけど、悠にはこれといって悪いところはないんだよ。」
 「じゃ、他に好きな人でもできた?」
 「や、そういうことでもなく。…何て言ったらいいのかなぁ…。」
 「説明できるような明確な答えがないってことは、つまり、単に私のことを必要と思えなくなったってこと?」

 渡辺は「うーん」と拳をあごの下にあてて、おどけたような思案顔を見せた。

 「そうかもしれない。悠のことは好きだけど、何となく感覚的にこの子じゃないと思ったっていうか。」

 骨っぽい手にシャープな顎の線、耳の下から延びる首と肩の硬いライン。
 見かけにとどまらず、中身も典型的な「男」である彼だった。
 心の機微に鈍感で、電卓を叩くように合理的に物事を考える。そして、感情の深い部分については思い出になった頃にようやく落ち着いて考えはじめるのだ。
 男たちが胸の奥にしまいこんでいる思い出というものは、女たちからすると綺麗すぎるか、味気なさすぎるか、どちらかであることが多い。後になって考える頃には、重要な細部がほとんど失われてしまっているということを、彼らは気にも留めないのだ…。

 「そう。じゃあ、しょうがないわね。感覚的に違うと思われちゃったなら、私には渡辺さんのために何かを改善することさえできないもの。」

 悠は立って食器を片づけ始めた。

 「悠、怒った?」
 「怒ったって仕方がないじゃない。」

 シンクに食器を置いて、渡辺を見る。
 悠の無頓着な真顔を思い切り引っ掻いてやりたい衝動が、みぞおちの辺りを冷たくさせていた。

 (―――でも、私はこの人のこの、感受性の乏しさを好きになったのだ…。)


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あきゅろす。
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