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大きな背中が寂しくて
 すっかり成長してしまったカロルの姿に、ナンは少し、嬉しくなった。背中を追っても、頼れる、そんな気がするからだ。
 ただ、寂しくもある。今までは自分の方が優位に立てた。膝をついて逃げ出そうとするカロルを叱責し、立ち上がって強くなろうとするカロルを鼓舞することが出来た。それが、段々カロルの方がナンを支えてくれている形になっている。カロルの成長は、誰もが驚いている。
「どうかした?」
 悶々とそんなことを考えているが、今はカロルとお茶中だ。カロルは男子にしては可愛らしくケーキセットを頼んでいる。それはナンも同じだ。紅茶にミルクを混ぜ、飲むタイミングも同じだった。
「え、あ、べ、別に」
 一口紅茶を喉の奥に流し込むと、甘い香りを漂わせるチョコレートケーキにフォークを入れる。食べている間は何も考えずに済む。口の中に広がる甘い世界に没頭すれば。没頭すれば。
 カロルはこういう時だけ、子供っぽい顔をする。もう、お互い十五歳になった。それなのに、笑った顔だけは全然変わることがない。幼い、優しい表情だ。
「ナン、食べないなら僕が貰ってもいい?」
 そんなカロルをずっと眺めていた。そのせいで、ケーキの量は殆ど減っていない。カロルはそれを見て、フォークを伸ばす。すっとナンはその手を阻む。軽い金属音が鳴り響いた。
「わあ、流石ナン!」
「こ、これくらい普通よ」
 強がってはみるが、些細なことでも劣等感を感じる。この負けず嫌いな性格が面倒だ。カロルの成長を心から受け入れることが出来ればどれほど楽になるだろうか。辛い。好きでいることは、辛い。ナンはフォークを置き、「食べていいよ」と告げた。カロルは心配そうに、ナンの顔を覗き込む。
「どうかした? 顔色悪いよ?」
「な、何でもない!」
「そ、そう……なら、いいけど、でも」
「何でもないって言ってるでしょ!」
 思わず立ち上がって、ナンは声を荒げる。カロルはもちろん、まわりのお客さんも驚いている。それを見て、ナンは恥ずかしいことをしてしまったと、すぐに席に座り、手で顔を隠した。上手くいかないときは、とことん上手くいかないものだ。
「……ごめん、カロル」
 強気な姿は、そこにない。カロルはいつもと違うナンの様子を心配する。そして、自分のせいでそうなってしまったのではと疑った。
「僕、気に障ることしたかな。気付いてないうちに、ナンのこと傷付けてたら、僕の方こそごめん……」
 ナンはゆっくりと手を膝の上に下ろす。こんな場所で泣くのは嫌だった。だから、ナンはテーブルにお金を置いて、その場を去った。カロルは「あ、待って!」と言うが、それでもナンは振り返ることなく、走り去ってしまう。カロルもまた「ごめんなさい!」と店員に叫び、お金を置いていった。空っぽになったカップと皿。それと対照的な、ほぼ口がつけられていないそれらが、空席になった二人を指し示しているかのようだ。
 ナンはなるだけ遠くに行こう。その思いで一杯だった。
 こんなにも、時間が過ぎ去っていくのが怖いとは思わなかった。カロルが強くなって、逞しくなって、自分のことを守ってくれるようになって。それは理想の姿のはずだった。なのに、どうして、どうして。気が付くと、ナンは立ち止まっていた。息が苦しかった。
 ただ立ち尽くしていると、要らないことを思い出してしまう。小さい頃は情けない弱虫で、その度に自分がカロルを助けていた。そんな、今更どうでもいいことを、思い出していた。優越感に浸りたいのか、カロルに負けることが怖いのか。わからない、何もわからなかった。
 思考の海に溺れかけそうになったナンは、カロルの太くなった腕に包まれた。そして、その海から引き揚げられた。
「……カロル……」
「どうしたの。僕といるの、嫌?」
 そんなことない。カロルと一緒にいるのは、好きだ。
 しかし、その言葉が上手く言えなかった。吐き出そうとしても、詰まったものが取れないようで。苦しかった。
 カロルは、力を強めて、そして優しく、抱き締めてくれる。ほのかな温もりが、ナンの心臓の鼓動を突き動かす。
「苦しいなら、何も言わなくていいから……僕に言えることなら、何だって聞くから」
 堰を切ったように、溢れ出す涙の粒。
「カロル……好き……だから……」
「……ありがとう。それで、僕は十分だから」
 すっかり、変わってしまった。立場は完全に逆転してしまったんだ。ナンは泣きながらそんなことを思った。ただ、カロルの腕の中でいることはとても心地よかった。それでいて、泣いた。
 もう、あの頃には戻れない。でも、戻る必要はない。そう思える日がいつか来るならと、ナンは気が済むまで、カロルの腕を握っていた。カロルはずっと、その手を離さないでくれた。




end.
――――――
ひっさびさにNL。いいよね、この二人。


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あきゅろす。
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