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中編
その6
 宰相には、妻がいる。他国の第10王女の彼女は気位が高く、宰相とは愛のない損得のみの関係であった。容姿にはあまり恵まれないまでも、豪奢に着飾り闊歩する彼女は、けれど本当は・・・宰相を愛していた。

「お可哀想に」
「本当に・・・でも・・・まあねえ・・・」
「奥方様は年もいって、こう言っては何ですが魅力がありませんもの」
「まあ、でもそれで男性に?」
「奥方様は石女ですもの。正妻に子がいないのに愛人が孕んでは、奥方様の御国が黙っていませんでしょ。でも、男性なら孕みようもないですもの」
「そもそも同衾なさらないで、孕む訳もないですもの」
「まあ、男に夫を盗られるなど・・・私だったら恥ずかしくて・・・」
 ひそひそ囁かれる噂話に気が付きながらも、宰相の妻は耐えていた。
 宰相は、他国の騎士セインに御執心であるという事は、宰相の妻、奥方も知っていた。
 が、知らぬふりをしていた。
 騎士セインは、囚われの身となっても鍛錬を怠る事なく、見事な体躯を今なお誇っている。それが、悔しくつらい。どこから見ても男性であるセインと、通いつめる宰相の噂は、奥方の心を傷つける。
 もともと宰相は同性愛者ではない。
 なのに・・・それなのに・・・セインの元に足しげく通う。
『ああ、これは・・・きっと』
 出入りの行商人に、そう言ってにこやかに笑って買い求めたのは、小ぶりの紙切り専用の短刀であった。刃が丸まっていて紙しか切れないそれは、囚われの身であるセインへの贈り物であった。
 奥方は・・・宰相から贈り物を貰った事などない。出入りの行商人は、奥方に呼ばれて小物を数点持って来たのに、それを先んじて宰相はセインへの贈り物を選んだ。そののち、奥方にも何かを買い求めようとはせなんだ。奥方が行商人から買い物をすれば、払いは宰相にいくが、それはあくまでも買い物であり送り物ではないのに・・・。
 しかし、奥方には言えない。
 自分にも何か選んで欲しいなどとは、言えない。
 悩んで苦しんで、奥方はやつれた。
 それでも耐えていた奥方は、ある日知る。
 宰相の今は亡き母親の形見である指輪が、治しに出されている事を・・・。指輪の大きさは・・・女性の物とは思えぬ大きさに手直しされていると・・・。
 ことり、と奥方の中で何かが動いた。

「あはは・・・」
 奥方は笑う。
 手には小刀。行商人が持って来た小物の中から選んだ、女性の護身用の短剣。あの日、自分で選んだ物の中にどうしてこれを入れたのか、奥方は思い出せない。短剣など不要なのに・・・この日までは、少なくとも・・・。
「あははは・・・」
 奥方は乾いた笑いを浮かべる。
 目の前には・・・紅く染まった人型。
 数刻前まで宰相であったモノ。
 今は、ただの肉塊だけれども・・・。

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あきゅろす。
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