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愛の嵐
花国から天国へ
 花国にフインがシューを連れて報国したのは、凱が書庫の整理を終えて、明日よりの仕事を振り当てられている時だった。
「凱様、お久しゅうございます」
 儚げに笑うフインと、凱の手を見て唇を噛み締めるシュー。
「荒れている・・・」
 水場ではないが、古い書物の虫干しで黴が良くなかったのか、凱の手は荒れ爛れていた。それを見てのシューの言葉だ。
「働き者の手でしてよ、シュー」
「・・・分かっている。けれど・・・イヤダ」
 シューにとって、凱は世界で一、二を争う美の化身だから。創作意欲をかき立ててくれるその身が、と思うと悲しみが襲う。
「こんなモノ、数日で治る」
 凱は気にした風もなく、悲しげに微笑んだ。昔と違い、懐かしくはあるけれども、サイラに捨てられた身を見られるのはつらい。
「で、先よりの文でお伝えした件なのですが・・・」
「ああ、天国の魔法具の件、喜んで受ける」
 凱は躊躇いなく答える。
「・・・もしかしたら副作用があるやもしれません」
「構わない」
 天国の魔法具の試作品の効用を試し、成功の報を受けてからの調節では、どれ程日が掛かるか知れない。何時になっても、身体が治らない事になってしまう。
「了解しました・・・。ではすぐに、天国へ。シューも細工師としてお手伝いします」
 フインはそう言って、転移の魔法具を見せた。
「ああ、では支度をする。花国城の者達にも別れを言いたいしな」
 凱の中では、永遠の別れだ。
 天国で魔法具を得たら、そのまま行方をくらまそうと思う。魔法具を盗む様で気が進まない部分もあるが、余裕ができたら少しずつ金をと凱は思う。
 もう、サイラとの事を知っている者のいる場所で生きるのは、つらい。
『凱!いつまでも、花国にいるなんて、捨てられたのかよ』
 先日、さくらと邂逅してしまい言い捨てられた言葉。凱は、無表情で黙り込むのがやっとだった。さくらに付いていた侍女は慌てて連れ去ったが、言葉は分からぬまでも空気で失礼極まりない事を言ったと悟ったのだろう。必死に頭を垂れていた。
 事実だ、と凱は思う。
 砂王サイラに捨てられた、見た目タチの自分は惨め過ぎると凱は恥じる。そして、そう思う自分の思考の暗さに吐き気がする。
 この地に逗留し続ければ、自分は自分で無くなってしまうと、凱は恐怖する。
 だから、逃げる。
 強く元の傲岸不遜な男に戻るには、サイラに抱かれていた事を知る者のいない地に行かなければと、追い詰められるままに考える。
 そう、捨てられて日々が過ぎるごとに、確信した。
 情が移った。
 王として孤独に生きる男に、魅かれ始めていた。
 認めよう。
 愛し始めた相手に・・・あっさり飽きられて捨てられた。
 だから、凱は凱らしく生きる為に、その事を忘れる事はできないが、その事を知る者のいない地へ逃げる。
 そして・・・生きてみせよう。
 元の様に・・・強く・・・一人で・・・この異世界で・・・。
 

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