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短編
物語6
「あの豚が・・・」
 九狼は、恭一郎を誘拐した犯人が北斗だと突き止め歯噛みした。
「どういった人です?」
 剣が尋ねると、九狼は頭を横に振った。 
「恭一郎様の兄とは到底思えぬ、最低の人間だ。種が違うとこうも、と呆れた。母君は死亡しているし、神埼の資産は現会長、つまりは我々の父親のもので、あの豚に相続権などない。それを、風俗やギャンブルで作った借金を払えとか、自分を神崎グループの幹部にしろなどと戯言を吠えて、私につまみ出された。恭一郎さまの視界にいれる事もおぞましい醜悪なあれが・・・」
「それはつまりはロクデナシ」
 九狼は頷く。
「闇金からも借りまくり、どうにもならなかったようだが・・・。まさか恭一郎さまを誘拐するとは。三十路を越えている者が、よくもまあ気が付かれなかったものだ」
「あの変装、顔の造作なんぞ分かりませんからねえ」
 瓶底眼鏡に毬藻の様な鬘は、北斗を隠す手段だった。
「珍しさに、魅かれたかのように錯覚したのは、恭一郎様の失態だ。けれど、恭一郎様の心を利用したあの豚は、万死に値する」
 九狼の忠誠も信頼も、全ては恭一郎の為にある。
 幼き日、本妻の子だと紹介された恭一郎は、九狼を見て嬉しそうに笑った。
『お兄ちゃん』
 そう呼ばれ、可愛さに心が締め付けられたあの日、九狼は決めた。
 恭一郎の為になる事こそ、喜びだと。
 九狼の母親は快楽主義者で、まともに子供を育てる気など欠片もなく、神埼の養育費目当ての出産だった。抱き締められた経験もなく、必要最低限の食べ物と虐待で通報されない程度に整えられた環境。九狼は、感情の死んだ子供に育つしかなかった。
 それが、いきなり引き取られた神崎家で会った弟の恭一郎。
 仕事人間の父親は、引き取られた後もあまり顔を合わす事はなかったし、身体を壊していた恭一郎の母親とも接触は少なかった。そんな環境の中、寂しさで愛情に飢えていた恭一郎は、素直に九狼に甘えてきた。
 最初は、うっとうしいと思った。
 本家で大事に育てられた子供。
 でも、柔らかな身体で抱きつかれ、甘い声でお兄ちゃんと呼ばれる。
 小さな小さな、その存在が九狼の人としての心を揺さぶった。九狼にとっての恭一郎は、どうしても失えない宝、乾いた心の唯一の潤い。
 だから・・離れた。
 身体が二次性徴を迎える頃、九狼は気が付いた。恭一郎を性的対象にもできる程にのめり込んでいる事を・・・。自慰をする時思い浮かべるのが、恭一郎の顔だと悟った時、九狼は少し距離を置いた。
 汚したくなかった。
 でも、いきなり距離を置かれた恭一郎はそれを受け入れられず、結果、怒って全寮制の学園に中等部から入学してしまう。
 そして、時が流れた。

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