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短編
ある王の告白
「簡単なことだよ。私の側で、以前のように私に仕えなさい」
 私がそう言うと、彼は表情の消えた顔を向けた。私の妻に仕える騎士は、決して私のものにはならない。
「それで、我が君を守って下さるのなら・・・」
 卑怯な私は、君の愛しい姫君を盾に、君を手に入れる。

 隣国の姫君が婚約者という名目で、人質として差し出されたのは5年前の事だった。
 私は身体が弱く、けれど冷酷な手腕で国とその周囲の国々を治める王だった。すでに第3夫人まで決まっていた私に差し出された新たな妻候補は、まだ7歳の子供。お付きは警護の騎士1人と、年配の女中2人。なんとも寂しい一行に、最初は何の興味も持たなかった。
 やがて、1月もした頃、事件が起きた。目的不明の侵入者が、警備の者から逃げ惑ううちに、人質の子供の宮に入り、騎士と交戦した結果倒された。返り血で汚れた彼は、そのまま族の亡きがら共に本宮に伴われ、私と邂逅した。ただの報告で、終わるはずだったそれは、私の全てを変えた。
 長い黒髪と、褐色の肌の青年。私より縦も横もある青年に、私は一目惚れをした。この時まで、同性に欲情したことなど一度もなかった私は、戸惑い、彼になんの言葉もかけられなかった。
 私は、自分の想いを受け入れられず、しばらく煩悶した。しかし、やがて認めないわけにはいかなくなった。後宮の女達と情を交わす時、最後に彼を思い浮かべなければ逝けなくなったのだ。想像の中で私に組み敷かれる彼を想い、私は半ば義務の情を交わす。それでも、その時はまだ良かった。身内の不幸で葬儀に参列した姫が帰って来た時、新たに伴なっていた騎士は彼ではなかった。
 彼を好いた貴族の娘がいて、その娘の願いで、彼は任を解かれたのだという。このまま、結婚するかもしれないと知った私は、嫉妬に身を焦がした。冗談ではない。彼は私のものだ。もう、想いを止められなくなった私は、無策にも彼の帰還を要請した。自分の娘を人質に差し出す腹黒い隣国の王は、密書にほくそ笑んだことだろう。返答は迅速で、隣国へ有利ないくつかの事柄を飲めば、彼を私の護衛に差し出すというものだった。もちろん、彼にはどのようなことも逆らうなと、言い含めますと注意書きがあった。
 愚かなことは分かっていた。けれど、私はそれを飲んだ。
 今度は私の護衛という名目で、使わされた彼は、私をただ見つめていた。その夜、私は彼を閨に引き入れ、嫌悪で歪む顔を見ながら繋がった。
 もちろん、彼は初めてだった。
 それからの4年間、私は彼と共にあった。彼は腕の良い護衛で、同時に身体も容易く私に慣れた。男妾と陰口を叩かれながら、真摯に任務に着く姿は、より私の執着を煽った。
 でも、1度は終わりにしようとしたのだ。
 彼の心が決して私のものにならない事に、疲れてしまった。彼の任を解き、祖国に帰郷させた。彼は変わらず無表情で、私は彼の何ものにもなれなかった絶望を抱えて生きて行くはずだった。
 だが、それさえも叶わなかった。
 わずか1か月で、彼は私の元に帰ってきた。
「姫君と結婚して下さい」
 彼の国の王が死んで、喪に服する間もなく後継者争いが起こった。姫君は微妙な立場にあり、そのうち暗殺される危険さえあった。もっとも良い方法は、巨大なこの国の王の妻に納まり、王位継承権を、捨てることだった。
 婚約者とは名ばかりの人質の姫君。彼女と結婚しなくとも、私は困らない。そんなこと、彼にはわかりきっていた。
「我が君を守って下さるなら、私はどのような処遇にも耐えましょう」
 ひどい男。
 私がどれほどの想いを持って、君の手を離したか・・・。しかし、私を見つめる暗い瞳の誘惑に抗う術はない。
「簡単なことだよ。私の側で、以前のように私に仕えなさい」
 そう、私の下で嫌悪に歪んだ顔で、でも、身体だけは従順に。
 卑怯な私は、君の愛しい姫君を盾に、君を手に入れる。
 そして、私は最愛の者から愛されぬ苦痛に、生涯苦しみ続けるのだ。


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あきゅろす。
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