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短編
5月後半拍手
 昔々、あるところに村長がいました。
 村長は連れ合いを亡くして、とても寂しい想いをしていました。
 ある日、日課の散歩に行った時、ゴミ捨て場から音がします。その音は、よく聞くと、赤ん坊の泣き声でした。村長は驚いて、音のする方を探しました。紙袋に包まれて、まだ生まれたばかりの赤ん坊が捨てられていました。
 赤ん坊は、村長が抱き上げると、一瞬目を開きました。紫色の瞳が、村長を見上げていました。
 村長は、まだへその緒も処理されていない赤ん坊を抱えて、自分の家に飛び込みました。
 冬のまだ寒い日です。生まれたばかりの赤ん坊は、ぼろ布に包まれていただけでした。
「捨て子じゃ!死んでしまう!」
 村長はダルマストーブの前に来ると、もろ肌脱いで赤ん坊を抱き締めました。息子がかい巻きを持って来て、村長の上から被せます。嫁は急いで、近所のちよばあに連絡を取ります。ちよばあの家に帰省して来ている息子が、救急のお医者様でした。
 奥から、孫娘がやってきます。孫娘は哺乳瓶にミルクを作ってきました。この家の曾孫は、7カ月の赤ん坊で、その子の哺乳瓶があったのです。
「飲むんじゃ!死んだらいかん!」
 村長は必死にミルクを与えます。弱り切った赤ん坊は、ちょっとだけしかミルクを飲んでくれません。村長はボロボロ泣きました。息子も嫁も、孫娘もつられてボロボロ泣きました。
 ちよばあの息子が来て、慌てて近隣の病院に入院の手続きをとりました。村長と、息子は病院に付いて行きました。村長は、ずっとあばらの浮き出た胸に赤ん坊を抱きしめていました。
 無医村の村から隣の町の病院まで、村長は生きた心地がしませんでした。赤ん坊は、町の病院で応急処置をされて、もっと大きな病院に搬送されて行きました。
 紫の瞳の捨て子と、梶原村の村長のこれが出会いでした。
赤ん坊は奇跡的に一命を取り留めました。けれど、親は見つかりません。紫の瞳、銀髪の赤ん坊です。日本人の血など欠片も入っていなさそうでした。退院が決まれば、施設に行くことになるでしょう。
 村長は、あの日から、毎日ゴミ捨て場近くの小さなお堂に通います。そこでしばらく何かをぶつぶつ呟いているのを、村人は見かけました。
 3カ月後、梶原村の村長の家に、新しい家族が増えました。
 村長の散歩は、毎日の日課です。小学生の登校時間を狙ってのうろうろだと、村民はみんな知っています。何もないのが幸福だと、村長は良く知っています。事故がないように、不審者がいないように、頼まれたわけでもないのにうろうろしてから、村長は村役場に出かけます。
 そのうろうろのスタイルがちょっと変化しました。村長の背中には、おんぶ紐に背負われた赤ん坊の姿がありました。紫の目の赤ん坊です。村長の散歩の時間に火がついたように泣きだすので、おんぶで連れ出すようになりました。不思議なことに、村長が背負うとぴたりと泣き止むその赤ん坊は、他の時間には大人しいものなのです。
「一郎や、ここでおまえはわしの家族になったんじゃ」
 ゴミ捨て場で村長は呟きます。
「大きくなるんじゃ、強くなるんじゃ。わしもおまえが大きくなるまで、頑張って生きてみるからのう。ばあさんや、先に逝ってしもうた子供に、あの世で会うのはもう少し先じゃ。わしも、息子夫婦も、孫も、みんなお前の味方じゃよ」
 赤ん坊はパチパチと瞬きをします。
「さあ、今日も元気で働くかのう。何もないのが幸せじゃ。夕飯は、猪が食べたいのう。おまえも一緒に狩りに行こうかのう」
 村長は紫の瞳の赤ん坊とトコトコ歩き出しました。
 昔々のお話です。




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