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短編
500万打リク (後編)
「そいつのせいで!そいつのせいで!」
 半狂乱で泣き叫ぶ男は、妖魔王の侵攻で砦を堕とされた時の生き残りだった。友を失い、兄弟を失い、生き残った事を呪う日々。その妖魔王が生きている。策を練り、強固な守りを自身の命を核にした魔法で破り侵入した。もとより死ぬ覚悟の男は、しかし妖魔王を目前にライゼルに妨げられた。
「君は一つ勘違いをしている」
 ライゼルは少しも動揺せずに、男を見据える。
「妖魔王は悪くない」
「なに?」
 ライゼルの思わぬ言葉に、男のみならず妖魔王も驚く。
「ああ、悪いとしたらたった一つ。人に近い姿をしている事。人の様に見えるから、人の理屈に括るんだ。見てご覧、血液がこんな色だ。妖魔はね、人と似た形をしているが全く異なるものだ。人にはまだ鼠などの方が近いよ。哺乳類だからね」
 襲撃で浅く表皮を切った妖魔王の血液を指ですくい、ライゼルは微笑む。
「そう、君が鼠を殺したとして、鼠が怨んできたとしたらどう思う?妖魔にとって人はそういったものだよ。言葉が通じ人型をしているからといって、人の理屈で怨むのが間違いさ。これは異質のものだ。それこそ昆虫や微生物の方が生き物というくくりにおいては、人に近い」
 ライゼルの言葉に男は怒りを露わにする。
「じゃあ何故そんなものを抱く!」
「さあ?分からないな。私は妖魔が人ではない事も、生き物と呼んで良いかさえ分からぬ存在である事も知っている。それでも焦がれる私は、可笑しいんだろうね。妖魔にとって人と交わるのは、私達が犬猫と交わるより苦痛だろう」
 そう言ってライゼルは妖魔王の髪をすくうと、口づけた。
「そんな苦痛に堕とす私を・・・愛してくれる訳もない。けれど、私は彼に焦がれ続ける」

 結局、ライゼルが流行病で壮年で死すまで妖魔王は側に居た。自殺のできない妖魔王に、勇者が問うた。
「殺してあげますよ」
 勇者の剣でなら妖魔王は死ねる。
「今生では愛の言葉を持たない妖魔。けれどね、たぶんあなたはライゼル様を愛してるんですよ」
「分からない・・・」
 妖魔王は力なく首を振る。
「仕方のない事です。これが分かれば僕は貴方を許せない。人の心が分からない貴方だから、あんなにひどい地獄を作った事も許します。だって、貴方が悪いのではなく妖魔とはそういった存在。妖魔に虐殺をしない様に言うのは馬に地を駆けるな、鳥に空を飛ぶなというより難しい」
 すらりを勇者は剣を抜く。
「でもねそういったものが分からない貴方でも、ライゼル様を想っていたんですよ。分からないでしょうね・・・。そうでなければ妖魔ではない」
 剣が、持ち上がる。
「御覚悟を」
 鈍い音がした。

 妖魔の血は花の匂いに似ている。
「とても良い匂い」
 勇者は呟く。
「願わくば、転生があるなら今度は人として生き、結ばれるかどうかは別として、ライゼル様の恋を知って下さい。一度会えば、ライゼル様はまたあなたに恋するでしょう。勇者としての勘がね、そう言ってます」
 勇者は想う。

 恋いさえ知らぬ、人ならざる生き物に想いを寄せたライゼルは、けれど結果を知っていても同じように妖魔王を愛する道を歩んだのだろう。

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あきゅろす。
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