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申し訳ない
番外編4 執事のお仕事その1
 かのんはテーブルの上に、コーヒーとサンドイッチ、ヨーグルトをセットし、続きのベッドルームに入る。全裸で寝ているべッドの主を、一瞥し、引き締まった腹に向けて・・・、踵落としをした。
「ぐえっ!かのん、何!」
 ベッドの上で、悶絶したのは柊昴。このベッドルームの本来の持ち主である恭介の恋人で、かのんの義弟である。
「おはようございます。柊様。大学へ行くお時間です。朝食は用意してありますので、どうぞ、次の間に」
 お仕事モードのかのんは、昴にも他人行儀になる。
 大学卒業後、かのんは皇家に執事見習いとして就職した。70過ぎの老執事について、学びだしたばかりのかのんは、実は2児の父である。高校卒業と同時に結婚し、21歳で双子の子供を授かった。妻のすももが大学を休学し子育てをしているが、後1年後には復学する予定である。復学後は、かのんと共にこの屋敷に住みこみ、2人で子育てとなる。かのんの事情は、屋敷の他の使用人達も承知しており、さすがに見習いの1年間は週末婚にしたが、同居後は時間の融通にも協力してもらえるそうだ。
 さて、そんなかのんの義弟である昴は、どうにかこうにか恭介に捨てられず、いまだ恋人の位置に居る。まだ結婚していない恭介は、菫子が屋敷に住まうまでは、逢引の場所を自分の屋敷にした。今いるのは、口の堅い昔からの使用人ばかりで、ホテルなど使うよりよっぽど安心だからだ。
「かのん・・。痛い」
「申し訳ありません。恭介様からのご指示で、起こす時はあのようにと言われました」
 今の昴は、義弟ではなく、主の恋人である。本当は、明らかに怒っていた恭介の様子から、また調子に乗ったであろう昴に説教をかましたいところだが、耐えた。
 昴も大学の4年生である。将来は恭介の手助けをしたいと切望する昴は忙しい。大学の授業以外にも資格試験やら語学学習やら。なにせ、恭介が縁故採用などしてくれる気がないので、一流企業の皇グループの後継者の近くに実力で行かなければならないのだ。恭介からしたら、自分と肉体関係にある昴が来るのはあまりありがたくないのだが、なにせ、情がわいて来ているせいもありつき離せない。今日とて、仕事があるというのに、ぶんぶんと背中で尻尾が振られているような幻覚が見えて、お付き合いしてしまったのだ。
『ペットの犬を飼っている気分だ』
 恭介の溜め息交じりの独り言に、すみません駄犬でと、心の中で思ったかのんである。
 昴を送り出すと、老執事と共に外出した。今日は恭介の母親の月命日である。墓参りに持っていく花は仏花ではなく、季節の花束で、墓の掃除の仕方も習う。その後、オーダーしてあったスーツを取りに行く。意外なことに、有名ブランドの服も持ってはいるが、一番気に入っているのは、小さなテーラーの最初から最後まで手仕事の職人仕様のスーツだという。2代目だというその人は、40過ぎの無口な中年男性で、かのんは丁寧に自己紹介をした。同じように、恭介の型を取ってあるという靴屋にも行く。ここでもかのんの顔合わせをした。なにせ、小さな店だから、こちらで取りに行くしかない。デパートの外商なら、あちらから来てくれるのだが、と説明を受けた。
 屋敷に帰ると、恭介の好みのコーヒーや紅茶の入れ方のおさらいに、下戸に近いかのんにはつらい、酒類の講習。何故か、チェスの特訓もされ、メイド兼コックの中年女性の手伝いをすれば、あっという間に、夜になった。
 夕飯を食べた後、入浴も済ませ仮眠をとる。恭介が帰って来るのは0時頃だから、その頃起き出した。別に、いつも起きてこなくてもいいとは言われているが、見習い期間だけでもと、思う。そのうち、恭介の父親の現当主のように、海外や各地を飛び回って、屋敷に寄り付かなくなるかもしれないのだから。当主の部屋は、掃除され換気されいつでも主人を待っているが、そこが使われることはあまりない。
「おかえりなさいませ、恭介様」
 恭介から上着を受け取り、シャワールームに消えた間に、スーツを片す。
 シャワーから出てきた恭介は、バスローブ姿でかのんの用意した水を飲んだ。
「かのん、ここからは、様じゃない」
 それは、執事見習いから、ただのかのんへ戻れという合図である。

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