記念作品 1 睦月:「一度聞こうと思ってたんだけど…姫って夾の性癖をどこまで知ってるの?」 睦月の唐突な質問に、聞かれた藍は勿論、聞いていた寧々と瑠衣は驚きのあまり固まってしまった。 まだ明るい時間で、しかもランチをしている最中。 昨夜、睦月からランチのお誘いメールが入り、現在、天気が良いのでテラスで食事をしている4人。 思わず周囲と通行人を見た藍と寧々と瑠衣は、互いにホッと胸を撫で下ろした。 周囲には睦月の声は聞こえていないようで、誰もこちらを見ていない。 安堵した藍は、苦笑いを浮かべて口を開いた。 藍 :「答えた方がいい?」 睦月:「私は知りたいなぁ。夾と知り合ったのって丸くなってからだし。辰実の話だけだとどうも納得出来なくてさぁ」 既に自分の旦那から聞いているのに、納得出来ないと言う睦月。 フォークでプレートをつつきながら、藍に視線を向けている。 黙っている寧々と瑠衣も、気にはなる為、口を挟むことはない。 今はちょっと困るなぁ… ご飯が・・ 今言うべきなのか、物凄く悩む藍。 内容を口にしただけで、食事が不味くなりそう…否、なると断言出来る。 藍 :「ご飯食べた後の方がいいと思うけど…」 睦月:「気になって食事が進まないから。姫〜教えて〜」 子供染みた言い方に、藍は困った顔をする。 これはもう言うしかないと思った時、携帯が鳴った。 ディスプレイを見ると、今話題になっている人物からだ。 見計らっているかのような、何とも言えないタイミングの良さに驚きながらも、通話ボタンを押して耳に近づける。 すると、いつもとは違う掠れた声が聞こえてきた。 『お楽しみの所を悪い。帰りがけでいいから薬…買ってきてくれないか?』 「どうしたの?今朝は普通だったのに」 『…詳しくは後で。頼むな』 話すのも辛いのか、物の数秒で切れた電話。 ディスプレイを見つめる藍に、隣に座っている瑠衣が心配そうに言う。 瑠衣:「夾様ですよね?大丈夫ですか?」 藍 :「何か…風邪ひいたみたい。声が変わってた」 二人:「「えぇ!!あの夾が!?」」 ハモった睦月と寧々に、藍はどう言う意味だと軽く睨み付ける。 いくら頑丈な男でも、風邪くらいはひくだろう。 と言っても、夾が風邪をひくのは本当に珍しい。 藍 :「今朝は普通だったんだけど…あっ!今日と明日って、陸斗さん達が居ないんだった!」 その言葉に敏感に反応した三人。 陸斗と松岡が居ない今、看病をするのは藍だけだ。 しかしその藍に、看病が出来るのか物凄く不安。 下手をすれば、夾を殺してしまうのではないかと考えてしまう。 自分達が手伝いとして行くべきか否かを迷っていると、荷物を持った藍が立ち上がった。 お金をテーブルに置き、珍しく早口で喋る。 藍 :「帰るね。話はまた今度で」 走って店を出て行った藍だが、3人は走らないでくれと言いたい。 理由は勿論、絶対に転ぶから。 そう思った矢先、躓きそうになったが、何とか耐えたようだ。 急いでいる様子は、夾を心配しているからだと微笑ましい。 藍の姿が見えなくなり、小さな会議が始まる。 寧々:「どうする?何か心配なんだけど…」 睦月:「かと言って、大勢で行っても夾が疲れるだろうしね」 寧々:「だね。しっかし〜あの夾が風邪をひくなんて…何かありそうで怖いな〜」 睦月:「言えてる〜」 本人の居ない所で盛り上がる睦月と寧々。 今頃夾はくしゃみをしているに違いない。 盛り上がっている二人とは反対に、瑠衣は本当に大丈夫だろうかと心配していたのだった。 薬局で薬を購入して帰宅した藍は、その足で寝室に向かった。 静かにドアを開けて中に入り、ベッドを見る。 死んでるの? ベッドで寝ている夾は、全く動かない。 普段は人の気配に敏感なのだが、今はそれどころではないようだ。 そっと近付き、額に手を伸ばして熱さを確認する。 熱い… 大丈夫かな? 肌の感触に目を開けた夾が、ニッコリと微笑んで口を開いた。 「藍…何処に行ってたんだ?」 「え?睦月ちゃん達とランチにっ!…夾?」 質問したわりには話を聞いていないのか、腰に腕を回され、引き寄せられた。 そしてまた動かなくなったのだ。 ね、寝惚けてる? 今の顔は反則でしょ! 優しい笑みなど、よほどの事がなければ見ることはない。 出来るなら、このまま一生寝惚けてくれと思った藍。 「あっ…薬・・・」 うっかり見惚れてしまった所為で、薬を飲ませるのを忘れてしまった。 仕方ないと、力がなくなった腕を布団の中に入れ、部屋を出て行く。 キッチンに行き、一応習ったお粥を作ってみた。 それと氷枕など必要な物を持って、寝室に戻る。 部屋に入ると、夾の目が開いていたので、今度こそはと寝る前に話し掛けた。 「夾。お粥食べれる?」 「いつ帰ってきた?」 「さっき話したんだけど…覚えてないみたいね」 「記憶がない。粥は…藍が作ってくれたのか?」 話した記憶がないのはこの際どうでもいい。 問題は粥の方だ。 返答に若干間が空いたのは、かなり不安があるから。 それでも“くれた”と言っただけ、熱があるにも関わらず、言葉には注意出来ている証拠だ。 食えるのか? とは聞けない自分が悲しいな… ドキドキするのは熱の所為だけではなく、何が出てくるのかと言う不安の方が大きい。 上半身を起こし、膝に乗せられたトレーの上に、その危険なブツがある。 クラクラする頭で手を動かし、蓋を開けた。 おや? これは予想外だ… スプーンを持ち、一口分を掬って口に入れた夾。 見た目はどうあれ、意外にも美味しそうな匂いだったので、心の準備もせずに食べたのが間違いだった。 次の瞬間、言葉も出ない衝撃を受ける。 味が…変だ! 米の味も塩の味すらもしないぞ、おい! 風邪の所為なのかもしれないと藍に視線を向け、恐る恐る質問してみた。 「ちなみに、何味だ?」 「味?水の中に炊いてたお米を入れてグツグツ煮込んだだけだよ」 「そうか」 だろうなと思った夾は、何も言わずに手を止める。 元々食欲はあまりなかったのだが、せっかく藍が作ってくれたので食べただけ。 どんな味にしても、普段なら全て食べるのだが、如何せん、今は体調不良だ。 なのでもう無理だとそれとなく言い、次に薬に手を伸ばしたら…これまた予想の斜め上をいく物が出てきた。 二日酔いのドリンクや、疲れに効く粉薬。 風邪の薬は袋には入っていないではないか。 日本語も読めないのか! この馬鹿! 買ってきてもらった手前、口には出来ないので、心の中で叫んだ夾。 目眩がしてきたので、トレーを藍に渡し、無理に笑みを作って言う。 「…ありがとう。今は吐きそうだから、後で飲むよ」 「大丈夫?病院行く?」 「いい。寝れば治る…」 バタンと倒れた夾は、あっと言う間に寝てしまった。 薬を飲まなかった夾を見て、よほど辛いのだろうと思った藍。 辰実に連絡しようと考えたが、寝れば治ると言うので、もう少しだけ様子を見ることにしたのだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |