記念作品 6 夾 :「で?婚約は解消しないと言う事でいいんだな?」 陸也:「あぁ」 夾 :「だ、そうだぞ。相沢」 無表情だが、眼鏡の奥から陸也を睨み付けている相沢。 娘の壹瑠が陸也を好いている事は知っていたが、まさか陸也も壹瑠を好きだとは思っていなかった。 父親としては、可愛がってきた娘を奪った男に、苛立ちをぶつけるのは当然。 いくら上司の息子でも関係ない。 相沢:「最悪ですね。まさか夾様と親族になるとは」 夾 :「その言葉、そっくりそのまま返す」 相沢:「元はと言えば夾様の所為ですよ。軽いノリで許嫁にしようと言い出したのが原因なのですから」 ネチネチ文句を言い始めた相沢の言葉を、右から左に聞き流す夾。 長年の付き合いにもなると、そこら辺はお手の物だ。 一方の陸也は、壹瑠の親と言うこともあって、聞き流す事が出来ない。 かれこれ30分は聞いていただろうか。 有難いタイミングで現れた藍に、助かったと立ち上がった陸也。 勿論、表情には微塵も出さずに。 藍 :「?…ご飯の準備出来たよ」 相沢:「仕方ないですね。今日はこの辺で止めておきましょう」 あっさり引いた相沢に、陸也は“このおっさん!”と心の中で呟いた。 藍に強く出れないのは、藍自身ではなく、背後の人物達を敵に回したくないからだ。 こんな所だけは要領がよく、感心してしまう。 藍のお陰で助かった… これほど藍に感謝する時はない。 そんな事を思いながら、夾と藍の背中を見ながらリビングに入った。 夾の号令でこの別荘に集まったのは、九条家は勿論、相沢家と浅野家の面々だ。 何故か一ヶ月に一度は集まり、遊びに出掛けたり、食事をしたりしている。 藍 :「斎さん、残念だったね」 夾 :「風邪だからな。来てうつされても困る」 藍 :「まぁ…そうなんだけど」 夾 :「馬鹿は風邪をひかないと言うが、あれは嘘だな」 辰実:「馬鹿すぎたんだろ」 睦月:「辰実!居ない人の事を悪く言わないの」 辰実の頭を軽く叩いた睦月に、藍はクスクス笑う。 藍 :「相変わらず仲良いね」 睦月:「それ、姫にだけは言われたくないわ。未だに手を繋いで歩いてるじゃない」 藍 :「繋いでない時の方が多いって。睦月ちゃんが目にする時ばかり、手を繋いでるだけじゃない?」 本当にそうだろうかと、2人の子供達に視線を向けた睦月。 どの子も首を振っている所を見れば、いつも手を繋いでいるは間違いなさそうだ。 しかしそこは長年の付き合いで学んだ結果、追求はしない方が賢明だと知っている。 睦月:「まぁいいけどね。ご飯食べよ!」 藍 :「そうだね」 それから始まった食事会は、毎度の事ながら凄かった。 お決まりの、夾の悪戯の所為だ。 この人数だと言うのに量が極端に少ない上、いくつかの寿司には大量の山葵が入っていたりする。 しかも上手く隠しているのだから、夾の悪戯は本当に昔から徹底している。 勿論、自分と藍と聖華の分だけは、ちゃっかり別に用意しているのだ。 タダなので何も言えないのをいいことに、やりたい放題。 分かっているのにわざわざ出向くのは、夾を怒らせて仕返しをされない為。 睦月:「夾ってさ、色々な意味で徹底してるよね」 瑠衣:「慣れれば楽しいと思います」 藍 :「瑠衣さん、食べて来たでしょ?」 瑠衣:「少しですが。聡が絶対に何かあると言ったので」 睦月:「だよね。ウチも同じ。ただ…子供に言い忘れてたわ」 ハハハと笑う睦月は、欲を出してハズレを食べてしまったのか、涙を流して嗚咽を溢している龍也に無言で手を合わせる。 自分達は慣れている為、子供に注意するのをすっかり忘れていたのだ。 藍 :「私も言い忘れてた。まぁ、ウチの子は慣れてるから大丈夫みたいだけど。でも、子供っていつまでも純粋だねぇ」 瑠衣:「欲を出した結果ですね。可哀想ですが…」 睦月:「そのうち馴れるって」 ケラケラ笑っている睦月に、苦笑いを浮かべた藍と瑠衣。 これほど夾の性格を知っていて良かったことはない。 3人で談笑していると、蒼空と壹瑠が輪に入ってきた。 《女の会話》 蒼空:「ママはパパの何処が好きなの?」 藍 :「ん〜何処だろう?」 本気で言っているのか、首を傾げる藍に、睦月と瑠衣は小さく笑った。 昔からよく聞かれているのだが、藍がこれと言った答えを出したことはない。 私は知らないと言う風にしていると、矛先がこちらに向いた。 蒼空:「じゃぁ、睦月ちゃんは?」 睦月:「蒼空ちゃん…未来の母に向かって何を聞いちゃってるの?」 蒼空:「だって知りたい。辰実さんって表情がないから怖くて…」 それは分かると思った睦月は、仕方なさそうに語る。 睦月:「私が辰実を好きな理由でしょ?まぁ…ちゃんと怒ってくれる所かな」 蒼空:「怒る?睦月ちゃんってそう言う趣味っ」 睦月:「違う!断じて私にそんな趣味はないから!」 必死に否定する睦月を見て、蒼空は“本当に?”と言う顔をした。 クスクス笑う藍と瑠衣を睨んだ睦月は、蒼空に分かるよう説明する。 睦月:「昔は躰弱くてさ、色々嫌になってたのね。腫れ物みたいな扱いされてたんだけど、辰実だけは本気で怒ってくれてさぁ。まぁ…その怒り方に色々問題はあるんだけど・・」 蒼空:「辰実さんが怒る所なんて想像出来ない。壹はどう?」 壹瑠:「私も想像出来ません」 藍 :「睦月ちゃんの方が惚れてるのよねぇ」 睦月:「否定はしない」 蒼空:「じゃぁ、瑠衣さんは相沢さんの何処が好き?」 壹瑠:「それは私も知りたいです。仕事しか出来ない人ですから…」 瑠衣:「真面目な所ですね」 藍 :「昔は総長してて、地元では今でも伝説の男って言われてるけどね」 睦月:「あの相沢が元不良なんて…人間、分かんないもんだよねぇ」 笑って言う内容ではないと思った蒼空と壹瑠。 あの相沢が不良だったなど初耳だ。 今では想像も出来ないほどの堅物なのに… 蒼空:「恐っ!」 壹瑠:「怒らせないようにします!」 蒼空:「で、ママは?」 藍 :「う〜ん、そうだねぇ…」 蒼空:「子供の私から見ても、パパって微妙だよ?」 藍 :「例えば?」 蒼空:「顔は良いけど、性格に問題がある」 睦月:「違う違う。性格じゃなくて性癖」 瑠衣:「私も同じ意見です」 誰もが頷いた瞬間だ。 ただ…性格も微妙なのだが、性癖の方が遥かにと言った感じだ。 藍 :「まぁそこら辺は置いておいて。一緒に居て飽きない所かなぁ」 蒼空:「ママ…変わってる」 藍 :「知ってる。でも、頼りになる男なの」 微笑んだ藍は、チラッと夾に視線を向けた。 向こうも向こうで、何やら盛り上がっているようだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |