契約 【完】(★★★☆☆)
8
バイト先に挨拶を終えて車に乗ること30分ほど。
「また…買ったの?」
「ここは賃貸。買っても卒業式までしか使わないからね」
見上げるほどの高さのマンションに、たった3ヶ月しか使わないのは勿体ないと思う杏奈。
しかし前のも似たような使い方だったと考えれば、不思議と納得できる。
金持ちってよく分からん…
家は捨てたって言ったけど、金はあるのかぁ・・・
厭味がましく相馬に視線を向けると、クスッと馬鹿にしたように笑われた。
悔しくて背中を叩いてやると、今度は面白いじゃないかと言う嫌な顔だ。
「人で遊ぶな!」
「それは俺の台詞だ。今までと違って憎たらしい言葉ばかり口にして」
「遠慮がなくなっただけ。悪い?」
「悪くはない、が…後悔するなよ。俺も遠慮はしないからな」
あれだけの扱いをしておいて、何処に遠慮と言う文字があったのか。
確かに一ヶ月に一度で、他の女を抱いてなかったのなら分からないでもない。
が、それでもやり過ぎだったはずだ。
土曜の夕方から翌日の夜まで離してくれなかったのだから。
しかも内容は超がつくほどハードだった。
「いい年して絶倫ってどうなの?」
「まだまだ使える事が証明されたな」
「そんなこと言ってるんじゃないし」
「杏奈は温いやり方がいいのか?昨日ので分かっただろ?お前は泣かされるまで攻められるのが好きだとな」
「そ、れは…何て言うの?そう、盛り上がりが足りなかっただけでっ」
「ほぉ。攻め方を変えた途端にイイ声で鳴いていたではないか。上も下も涎を垂らして、ねだるように腰を振って、もっともっとと口にっ」
調子に乗ってベラベラ喋る相馬の右足の付け根を蹴った杏奈は、素知らぬ顔をして前を歩く緒方に駆け寄った。
そして見せ付けるように腕を組み、腕に頭を預ける。
「杏奈様。あまり煽らない方が宜しいのでは?背中に突き刺さる視線が痛いですよ」
「放っておけばいい。あんな男!どうせ明日には帰るんでしょ?」
「あ〜…それがですね・・・・杏奈様の卒業式が終わるまで、ここに住む事になっておりまして…その・・杏奈様もここから学校に通うことになっておりまして…」
その言葉を聞いて、預けていた頭を上げて緒方を見上げる杏奈。
冗談は言うなと言いたい所だが、緒方が冗談を言う性格ではないとよく知っている。
クールな表情には、本当と書いてあるのだ。
ヤッベ〜
マジでやらかした!
恐ろしくて後ろを振り向けず、いつまで経っても緒方から離れようとしない杏奈。
それはそうだろう。
今ここで緒方から離れれば、地獄が待っているのだから。
最後の砦であるこの腕を離すわけにはいかない。
そんな杏奈に向け、背後で大きな溜め息を吐いた相馬。
早く離れろと催促しているのだ。
「杏奈様。お願いですので、この腕を離して頂けないでしょうか?」
「絶対に嫌!」
「私とて人間です。このようなくだらない痴話喧嘩に巻き込まれて死にたくはありません」
スパッと言い切った緒方は、そっと杏奈の腕を引き離した。
上品な仕種に見えるが、力は物凄く強い。
勿論、杏奈を傷付けるような力ではないが、普通の女では太刀打ちできない代物だ。
見捨てた!
この男…やっぱ信用出来ん!
味方が誰も居なくなり、ここは逃げるしかないと考えた杏奈。
後ろを振り返れると相馬だが、背に腹は変えられない。
まぁ逃げれるだろうと回れ右をし、ダッシュで駆け出した杏奈だが、あっさり捕まってしまった。
しかも捕まえたのは、見るからに運動が苦手そうなあの相馬だ。
「ちょっ…痛い!」
「何か言ったか?」
どう言う技なのかは知らないが、あっという間に床に沈められ、両腕を背中で拘束された。
はっきり言って、これが結婚を申し込んだ相手にすることだろうかと思う。
「相馬さんの馬鹿…」
「相馬さん?ほぉ…冬休みの間、徹底的に仕込んでやる」
「無理〜!ヤダー!変態!」
「緒方。ベッドに縛り付けておけ。少し仕事を片付けてくる」
「御意」
暴れる杏奈を緒方に任せた相馬は、さっさと部屋に入って行った。
緒方に担がれた杏奈も部屋に入ったが、相馬が居る部屋とは違う部屋に運ばれる。
そして相馬の指示通り、しっかりベッドに括られたのだ。
しかも、縄で。
ここには鬼畜しか居ないの!?
もう嫌!
動けないと分かっているが、暴れてしまうのは人間の本能だ。
ドタバタしている寝室の外では、苦笑いを浮かべる緒方がずっと立っていた。
この状況が、いったいどれだけ続いただろうか。
寝室とは別の部屋から出て来た相馬に、深々と頭を下げた緒方。
「まだ暴れているのか?」
「はい」
「やれやれ。思ったよりもじゃじゃ馬だったようだな」
「杏奈様をお許し下さって、ホッとしております」
「誰がそのような事を言った?」
「は?」
「一生かけて償わせてやる。浮気を許すほど、俺は寛大ではない。今回は大目に見ただけだ」
あれだけの事をして、まだ大目だったのかと唖然とする緒方。
そんな緒方の肩を二度叩き、寝室に消えて行った相馬の背を見て、容赦情けない方だと少しだけ怖くなった緒方だった。
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