契約 【完】(★★★☆☆)
7
後悔した翌日、消えた相馬に代わって緒方から全てを聞いた。
最初に抱かれた日の前日、前々から出ていた結婚の話が勝手に進んでいた。
相馬が放置していたのも悪いが、最初から結婚する気などなかったのだ。
その次の日が杏奈と会う約束だったので、飛行機で向かったのだが、余裕もなく奪ってしまったと。
そして自分の後に帰ってきた緒方から、杏奈に結婚の事を話し、身を引いてくれと告げたと聞いた。
勿論、勝手な事をした緒方を怒った相馬だが、これは自分が招いた結果だと口にしたそうだ。
今の状況では弁解もできず、結婚の話が消えた後も杏奈には言わなかった2人。
全てが片付くまで、そのままの方がいいだろうと思ったからだ。
杏奈の心が自分から離れていっていると分かった相馬は、無理矢理今の関係を続けた。
全てが片付くまで、杏奈を自分に繋げておく為だけに。
自分の地位を確かなモノにする為、4年間、相馬はいつも以上に頑張ったと緒方は言う。
その間、女性との関係は杏奈以外一切なかったと。
そこまでを聞いて、杏奈は明白に驚いた。
「嘘でしょ?より取り見取りの顔しといて?」
「その所為でしょうね。一ヶ月に一度の、杏奈様との逢瀬が激しかったのは」
そこには触れないでくれと俯いた杏奈に、小さく笑う緒方。
可愛らしいと思いながら、続きを話す。
「杏奈様を見張らせていた者からの書類を見て驚きました。しかし、杏奈の行動の意図は嫌と言うほど分かりました。杏奈様は貴之様が結婚したと思っていましたからね」
「そりゃぁ…ね」
「私の言葉の所為だと思うと、貴之様には言えませんでした。3年まであと少しと安堵したのが失敗でしたね。貴之様に気付かれてしまい…」
「いや。緒方さんには感謝してる。だって…私が知らない所で守ってくれてたんだから。裏切らせていたのは私だよ」
複雑そうな顔をする杏奈に、緒方もまた似たような顔になる。
相馬は杏奈だけだったのに、杏奈は違った。
だからこそあそこまで怒り、酷い抱き方をしたのだ。
日頃はあまり怒らない相馬が、あそこまで怒ったのは初めてだった。
終始冷たい瞳で見つめられ、甘さなど微塵もなかった顔が、今でも頭から消えない。
貴之が怒ると…
あぁなるんだ・・・
大きな溜息を吐き、不安そうな顔を緒方に向けた杏奈。
「何か?」
「裏切ってたんだよ…私、やっぱり結婚はっ」
「御冗談を。今更逃げても無駄です」
「もしよ…このまま逃げたらどうなる?」
「私は杏奈様には甘いと自分でも思っています。しかし逃げると言うのでしたら…本気を出しましょう」
ビクッと躰が揺れた杏奈は、背中から冷や汗が流れた。
こんな恐ろしい顔をした緒方もまた、今まで見たことがない。
2人とも怖いなんて…
詐欺だ〜!
どれだけ甘やかされていたのか理解した杏奈は、逃げると言う選択は諦めた。
ビクビクして緒方を見ていると、静かに部屋のドアが開き、いなくなっていた相馬が帰ってきた。
「緒方に怒られたのか?」
「だ、い丈夫。うん」
「あぁ、裏の顔を見たのか」
杏奈が何に怖がっているのかを察した相馬は、クッと小さく笑って杏奈を抱き上げた。
すぐに床に下ろし、自分の手で着替えさせる。
それが終わればまた抱えられ、ホテルを後にしたのだ。
何処に連れて行かれるのかも分からないまま車に乗っている杏奈に、相馬が今後の注意を口にした。
「緒方を怒らせない方がいいぞ。人間でいたいならな」
「超〜コ・ワ・イ。何か騙されたって感じなんですけど」
「小さい頃から緒方が側に居たんだ。今更だろ?気付かなかったお前が悪い」
「そんな無茶なことって…子供が分かるわけないでしょ!」
「で、何を不安がっている?」
「結婚しない方がいいかなって…あっ!」
サラッと話を変えた相馬に、ウッカリ気持ちを口にしてしまった杏奈。
恐る恐る隣を見ると、相馬は満面の笑みを浮かべて腕を組み、真っ直ぐ前を見ている。
この雰囲気…
何となく危ないと気付いた杏奈は、瞬時にドアにへばり付いた。
「杏奈。あまり俺を怒らせない方が身の為だ。次は10人にしようか?」
「無理!ってか嫌だ!」
「嫌と言ってくれて幸だ。受け入れられたらどうすればいいのかと思ったぞ。あの時の乱れようを思い出す度、俺一人では手に負えない…と」
「馬鹿言わないでくれる?この最低男!鬼畜!人で無し!ドS!変態!ロリコン!」
「…ほぉ」
酷い言葉のオンパレードに、言った杏奈も車を運転している緒方もビクビクする。
緒方はバックミラーで相馬を見て、杏奈は瞳だけで隣の相馬を見ていた。
温度が違う一角に、とてもじゃないが近付きたくはない。
そんな杏奈に瞳だけを向けた相馬は、口角を上げて笑った。
「沢山の褒め言葉をどうも。冬休みは覚悟しておけ」
「いや…あの、バイトが」
「店長には先月に挨拶を済ませた。一ヶ月後に辞めると」
「何で!」
「では、行こうかね。お前からも挨拶をしてきなさい」
勝手に事が進んでいることに動揺しながらも、バイト先に到着した。
相馬に言われた通り店長に挨拶をすると、何故か結婚おめでとうと祝福の言葉を貰ったのだ。
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