契約 【完】(★★★☆☆)
5
約束の日。
終業式だった為、早く終わった学校を出ようとした時、正門に堂々と止まっている車を見て溜息が出た。
杏奈の姿が見えた瞬間、運転席から降りてきた緒方が後部席のドアを開ける。
「最悪…」
「逃げる?」
一緒に帰っている望に聞かれ、頷きたくなった。
しかしそうすると望を巻き込んでしまう。
相馬と言う男は、それくらい簡単にするのだから、ここで選択を間違えてはいけない。
「それ、マジで死んでくれって言ってる?」
「あ〜そうなるね。この前の跡を見たら」
一週間は消えなかった跡を見た望は、本気で心配して怒ってくれた。
勿論、手首しか見ていないのだが。
それでも、望にとっては許せる事ではなかったのだろう。
だが、世の中には敵う相手と敵わない相手が居る事くらい、無知な子供でも知っている。
何も聞かず、黙って手を握ってくれた事に、どれだけ感謝したことか。
二人で車に向かうと、緒方が頭を下げて良い事を口にしてくれた。
「望様。お久しぶりです」
「お久しぶりです、緒方さん」
「お送りしましょうか?」
「いえ…」
「乗って!」
“お願い”と潤んだ瞳で見つめられれば、望とて頷かないわけにはいかない。
しかし本当にいいのだろうかと車内に目を向けると、中に居る相手が笑みで頷いた。
「どうぞ」
「では…お願いします」
望を押し込んだ杏奈は、急いで自分も乗り込んだ。
車が進むと、二人ともが安堵の息を吐く。
勿論口には出せないので、心の中でだ。
「あ〜…目立っちゃったよ」
「まぁ明日から冬休みだし、大丈夫でしょ」
「そう願う」
面白そうに笑っている望に対し、杏奈の方はどんよりだ。
よほど、緒方が教室に来た時の事が嫌だったのだろう。
進行方向とは反対の席に座っている杏奈は、望の隣で遠くを見つめていた。
すると、凄い言葉が耳に入ってくる。
「杏奈を、どうするおつもりですか?」
「さぁ?君に答える義務はないと思うが?」
「確かにそうですね。でも…苦しめるだけで終わるのなら、もう止めて下さい。貴方は、学校での杏奈を何も分かっていない。普段から他人と深く馴れ合わないようにしてるし、倒れた事もっ」
「望!」
急いで止めようとした杏奈だが、最早手遅れだった。
表情を変えない相馬が、目を見開いて杏奈を見つめてきたのだ。
「もう自由にしてあげて下さい!このままじゃ杏奈が・・・幸福にっ」
「相馬様!今のは聞かなかった事にして下さい!」
「杏奈!」
止める自分の手を握って涙を流す望に、それ以上何も言う事が出来なかった。
あの日の翌週、月曜の朝、杏奈は学校で倒れたのだ。
一日保健室で寝て復活した杏奈に、望と美里は涙を流しながら説教をした。
その事を知らなかったのは、何も相馬だけではない。
緒方も運転をしながら驚いていた。
何とも微妙な空気のまま、家に到着した望が車から降り、杏奈に向けて笑う。
「何かあったら電話して」
「うん…」
手を振る望を背に、車は走り出した。
向かい合わせに座っていたが、望が居なくなると、自分の隣に座れと腕を引っ張られる。
抵抗するのも面倒なので、言われた通りに隣に座った杏奈。
相馬は俯いている杏奈に、落ち着いた声で聞いた。
「倒れた理由は?」
「…生理痛と、ご飯食べてなくて」
「そうか」
羞恥に押し潰されそうになっている杏奈の頭を撫でた相馬は、珍しいほどの優しい笑みを浮かべている。
どうすればいいのか分からない杏奈は、大人しくただ座っているしかなかった。
思わず見つめ合っていると、先に視線を逸らした相馬が、耳に響く良い声で名前を呼んだ。
「杏奈」
「何?」
「お前が勘違いしている事は知っていたんだが…」
「勘違い?」
「俺は結婚していない。まだ独身だ」
明白に驚いている杏奈に、苦笑いを浮かべて白い頬に手を伸ばした相馬。
柔らかい肌に手を添え、甘い声で口説く。
「卒業したら、俺と結婚してくれ」
「…えっ?」
「酷い男だと憎んだままでいい。お前を犯して、長い間無理強いし、最近では数人に犯させた男だ。憎むなと言う方が無理だろう」
相馬は何も言わない杏奈から手を離し、真っ直ぐ前を向いたまま続ける。
「やっと親族を納得させる事が出来た。4年も待たせて悪かったな」
「…結婚、してない?」
「おいおい。ここで最初に戻るのか?」
クスクスと笑いながら杏奈を見つめる相馬は、肩を竦めて隠していた書類を渡す。
「戸籍謄本だ。バツはないだろ?」
「ごめっ…見ても分かん、ない」
「そうか。プロポーズの返事は…卒業式まで待った方がいいか?」
「私で…いいの?だって、子供だよ」
「12歳差か。俺はロリコンだったらしいな」
ククッと可笑しそうに笑い、杏奈を膝に抱え上げた相馬。
こんな事は、無邪気だった頃以来だ。
涙でグシャグシャになっている杏奈の顔を嘗め、もう一押しと耳元で囁く。
「杏奈。今すぐ頷いてくれると、嬉しいのだが?」
「する…結婚、する」
「ありがとう」
蟠りがなくなった二人の間は、昔のような和やかな雰囲気が漂っている。
運転している緒方も祝福し、今日は心が通じ合って初めての夜になると嬉しそうに笑ったのだった。
まだ昼過ぎだと言うのに、ベッドの中に居る2人。
ここはマンションではなくホテル。
勿論、最高クラスだ。
「やっ、くすぐったぃ…」
「いつもと違う反応だな」
フッと笑いながら杏奈を抱く相馬だが、何か物足りないと思う。
それは杏奈も同じなのか、二人ともが首を傾げた。
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