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契約 【完】(★★★☆☆)

コンビニのバイトと車校の疲れで、授業中だと言うのに、座ったまま眠っている杏奈。
机に俯して寝るのではなく、あたかもノートを録っているかのようにペンを持ち、左手に頬を乗せている状態だ。
一番前で出入口に近い場所が、高校3年になってから変わらない自分の席。
昔から教師には気に入られる為、ある程度は見逃してもらえる。
こんな時ほど、教師に気に入られて嬉しい事はない。
それに意外と、教壇から一番前の席は視界に入りにくいそうだ。
そんな色々な幸運が重なり、授業中に寝ても怒られない状況が続いている。


この日も、いつもと何ら変わらない授業中のことだった。
建物内の空気が一変し、杏奈はゆっくり瞳を開ける。



「授業中に失礼致します。事務室で、上田杏奈はこちらのクラスとお聞きしたのですが」

「え、えぇ」



教室の開いているドアから顔を出した男は、すぐそこに居る杏奈ではなく教師に視線を向けていた。
教師は勿論、他の生徒達も驚いて男を見ている。
心配と言うよりも好奇心だ。

“誰?誰?”
“超カッコイイ!”

誰だろうかと思っている教師だが、事務室に行っているのだから問題ないと、杏奈に視線を向けて言った。



「上田」



教師の促しに一切応じない杏奈。
誰も居ないと言う風に無視をし、ペンを動かしている。
そんな杏奈の行動など気にもしていない男が、やっと杏奈を見た。



「杏奈様。申し訳ありませんが、少しだけお時間を頂けないでしょうか?」

「…了解」



何を言っても無駄と分かっている杏奈は、面倒臭そうに腰を上げて教室を出た。

今日の天気は過ごしやすく、教室の窓はどこも開いていた。
その窓から、他の生徒達がこちらを凝視している。
これはもう授業所ではい。
教師も気にしているのか、誰もが自分達を見ているのだ。


ここには来るなって言ったのに…


杏奈は廊下の窓に上半身を傾け、男がここに居る理由を問う。



「何しに来たの?」

「そろそろ約束の3年が終わろうとしております」

「忠告?」

「ご冗談を。しかし…次から次に彼氏を作るのはいかがなモノかと思います」

「まさか!」



ハッとした杏奈は、男の手にあるファイルに視線を向けた。
それに気付いた男は、顔色を変えずにファイルを開く。


監視してた…


今まで気付かなかった自分が情けなくなった瞬間だった。
それほどまでに、毎日が充実していたと言うことだ。

ファイルを奪った杏奈は、この3年間の彼氏達の写真とプロフィールを見つめる。
最高が一年、最低が2週間。
浮気を含めて6人だ。



「で、何が言いたいの?」

「処罰は今日の夜との事です」

「無理。バイトある」

「夜の10時にバイト先までお迎えに行きます。それでは私はこれで」



深々と頭を下げた男は、無表情のまま消えて行った。
持たされたままのファイルに再び目を落とし、長い溜め息を吐く。


自由はないって事か…


フッと小さく笑った所で予鈴が鳴った。
自分の席に戻れば、親しくもない人間が根掘り葉掘り聞いてくる。
あたかも自分は友達だと言って。



「ねぇ、さっきの人は誰?杏奈の彼氏?」

「彼氏じゃないって。でもまぁ…逆らえない人ではあるよ」



この教室には女しか居ないので、何だかんだと話が長い。
質問攻めに一々答える義理もないし、正直言って面倒臭い。
そんな時、隣のクラスから本物の友人が来た。



「杏奈!何で緒方さんが来たの?」

「あの人の逆鱗に触れたらしい」

「逃げる?」

「無理無理。それに今日バイト入ってるし」



複雑な表情でそう答えると、2人の友人も微妙な顔をした。
この2人には全てを話しているので、事情をよく分かっているのだ。



「本当に大丈夫?」

「多分…」

「お願いだから、そこは自信持って言ってよ」



冗談混じりの会話に笑い合う自分達だが、誰もが大丈夫ではないと分かっていた。



「明日もバイト?」

「うん。明日は昼から」

「・・間に合う?」

「何とかするって。心配しなくて大丈夫!何かあったらメールするから」

「そう…」



心配が拭えないのか、2人の友人はどうにかならないかと悩んでいる。
しかし現実はどうにもならない。
非力な子供が大人に勝てるわけがないのだから。



「私達から相馬さんに言おうか?」

「それだけは止めて!望、美里。この件に関しては一切何もしないで。それが2人の為だから…ね!」

「うん、分かった」



納得はしていない2人だが、一応は引いてくれた。
相馬と言う人間をそれなりに分かっているのだろう。


こんなに良い友人に出会えて、この3年間は無駄ではないと思った杏奈。
二人の頭を軽く叩き、いつもの馬鹿馬鹿しい会話を、休み時間が終わるまで繰り広げたのだった。






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あきゅろす。
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