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ガイア・ランナー
第一話
 夏が過ぎて、秋が過ぎて、冬を通り越して、春が来る……。



 何度かの季節の移り変わりの中で、川井雄祐は十七年という月日を過ごしていた。しかも、明日になれば、その十七年というカウントに一が加算されることになる。



「明日でようやく、俺も十七歳ってわけだな」



 だから、夕食が終わって、居間でソファーに座って二人の妹とくつろいでいると、突然とそんな言葉が出て来てしまうものだった。少し、年寄りみたいな感じがして、気恥ずかしい。


「待ちわびてたんだ?」



 雄祐の右側から、そんな声がした。その声が誰のものなのかというのは直ぐに分かった。双子の妹のうちの一人、沙矢の声だ。


「別に、誕生日が待ち遠しいというんではないよ? なんというか、ドキドキしてるというか、物凄い高揚感というかさ、この日は『特別』なんだよっていう意識というか……想いみたいなものかな?」



「兄さん、今までそういうこと、無かったじゃない」


 雄祐の発言を不思議に思う声が、今度は沙矢の反対側、左の方から聞こえてくる。その声の主はもう片方の妹、沙希だ。



 この二人の妹は、どちらも髪は長く、身長もそっくりで、まさに双子ちゃんの典型的な姿である。しかし、やはり違うところはある。二人の目の形だった。


 沙矢の目は、沙希の目に比べると細めであるのに対して、沙希の目は大きい。



「ホント、今までなかったのにね? 変なお兄ちゃん……」


 その瞳で部屋中を見渡しながら、沙矢もまた、沙希と同じく不思議そうに言った。


 雄祐は短く息を吐いてから、言葉を返す。



「だからさ……それの原因が分からないから、言ってみたんだろ?」



 そういうと、二人は納得したように頷く。雄祐はそれを見てから、おもむろに立ち上がって、テーブルから中身の少ない財布と携帯電話を取ると、玄関へとむかう。


「どーしたのー?」



 背中越しにそんな声がする。それには雄祐は振り返らずに短く答えた。



「コンビニだよ。お腹が空いたし……喉も渇いちゃったから」


 それだけ言うと、雄祐はゆったりとしたスピードで家を出て、歩いて十分くらいのコンビニへと向かう。



 歩道を歩く中、危ないとは思いつつも、ちらりと携帯電話のサブディスプレイをのぞく。
 二十一時四十七分の表示。
 この辺りは街灯も少ないから、もう深夜であるかのような雰囲気があった。


「……こういうのだから、ここは田舎だって言われるんだよ」



 ぶつくさと言うが、別段、彼はそれほどここが嫌いなわけではなかった。もちろん、こんな田舎だから、バスも電車も一時間に一本あるかないか、交通には不便だし、欲しいものだって中々手に入らない。そういう意味では、本当にここは不便なのだろう。



 しかし、なぜか雄祐はここから離れたいとは思っていないし、ずっとここに滞在するべきであると、ある種、使命のように感じていた。

 そう思うのがどうしてなのかは、分からない。


「フン…………固着してるって自覚はないけれど……」



 鼻を鳴らしてから、雄祐は自分の言葉を空気に混ぜた。生暖かい春始めの空気は、自分の声を容易に受け入れてくれる。


 それと一緒になって、少しだけ悲しい気持ちにもなった。この、春の始まりの時というのは、雄祐にとっては別れの季節であったからだ。

 それは、沙矢と沙希、二人の父親、母親であって、自分を引き取り、育ててくれた恩人達であった。



「しかし、未だに信じられないよな……橋の下に捨てられてたなんてさ……」



 誰に言うわけでもないその言葉。父親から話されたその言葉を、未だに信じられないでいた。

 それが本当かどうか尋ねたかったが、その父親というのは五年前に飛行機の墜落事故によって亡くなってしまった。

 母親の方はと言うと、もともと身体が弱かったらしく、沙矢と沙希を産んで一ヶ月後に息を引き取ったらしいというのは、聞かされていた。


 その、母親の身体が弱いがために、子宝に恵まれず、だから自分を引き取ったのだという。



 二人の保護者が亡くなり、さらに頼れる存在のはずの親戚のおばさんだって、一年前に病気で死んでしまった。それから、雄祐たちは両親の残してくれた貯金を頼りにして、今を過ごしている。



「…………」



 自分達は結構な不幸に見舞われているというのが、雄祐の実感であった。


『いつかは、二人に、僕は本当の家族ではないと伝えなきゃならないんだよな……』



 これも、雄祐の実感である。本当は、伝えたくはなかったが、ずっと黙ったままというのは、凄く後ろめたかった。


 そんな、少し暗くなった気分のままに夜道を歩いていると、途中で雄祐はもうコンビニを通り過ぎてしまっていることに気付いた。時間を見てみると、二十二時二十三分というディスプレイ表示。随分と歩いてしまったということがハッキリと分かった。


 どうして分かったかというと、目の前には、去年、夏に三人で一日中入り浸った市民プールがあったからだ。


「今年の夏も、ここかなあ……?」


 そんな計画をたててみる。貯金のおかげで、バイトが不要だというのが、雄祐にこう考えさせる余裕を与えているのである。



 と……、いきなりゴウッという轟音が辺りに飛び出した。それは、各々がぶつかり合って、反響し合って、雄祐の耳に強烈に届いた。



「な、なんだ!? いったい、これは……!」



 さらに、音の響き、反響、拡散、数回……。


 しかし、これだけの音が幾重にも連なって響いているというのに、周囲にある家からは誰も出てこない。というよりも、まるで人がいないようである。



「気にとめる人がいないとなると……」



 となれば、これはどういうんだろう? と、雄祐は考える。考えてみるが、さっぱり分からなかった。ただ、その轟音の出所であるプールには、行ってみなければならないだろうと考えついた。


 今の雄祐に『逃げ出す』という考えがないのは、こんな状況のなかでも、周りのことを考える余裕があったからだ。


「ここは住宅街の中なんだぞ! 田舎だっていったって、ここらに百世帯くらいあるんだ。そんなところでこんな轟音なんてっ!」


 こうなのである。
 だから、雄祐はしっかりとした足どりでもって、市民プールの中へと入っていった。


 しかしながら、その、轟音の出所に近づくにつれて、少しずつ、響く音の数がが少なくなっていた。



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あきゅろす。
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