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愛しき殺し屋
踏み出せない一歩



それから真雪は昼食を取ると、和泉に言われた“良い答え”が気になり、早々に榊の部屋に向かった。


「榊さん、真雪です。ちょっと聞きたいことが」

「どうぞ、お入りなさい」


真雪は榊の返事が聞こえたのを確認してから、部屋に入っていった。


「ちょっと聞きたいことがあって、お時間良いですか?」


机に向かい、書類を眺めてた榊は眼鏡をかけ直し真雪を見る。


「良いですよ、私で言えることなら答えますよ」

「あの、さっき和泉くんと話をしていて……」


先ほどの和泉との会話を説明し、和泉の言う榊からの“良い答え”がなんなのか、期待と不安が入り混じる焦る気持ちを押さえ返事を待った。


「ははぁ、なるほど。……真雪はこの件が終わったら出て行くつもりだったんですか?お金は?住む所は?どうするんです?」


榊は真雪に最初の頃言った言葉を、もう一度繰り返した。
その言葉に俯いていた真雪の顔が上がり、微笑む榊を見上げた。


「好きなだけここに居て良いんですよ?真雪が望む分だけ居て良いんです。それこそ、もう家族のように皆思ってると思いますよ。だから不安になんてならなくても良いし、そんな妙な線引きしないで私達を頼ってください」

「でも……」

「私達は裏切りません」


真雪はどうしても引っかかっていた。

両親の死後、叔父達に引き取られたのは好意だと思っていた。
だが引き取られた後には父の会社を取られ、鳥かごに閉じ込めるかの如く与えられた部屋にいることしか出来ないでいたあの日々。

そして尊と叔父達は結託し、真雪に凌辱という屈辱を負わせた事。

蓋を開けてみれば、それは全て仕組まれていた事だった。

信じていた血族に裏切られた真雪の心は計り知れない。

尊の事は好意が持てるような対象ではなかったにしろ、心のどこかでは信じたい気持ちがあったのは確かである。

それが最近知り合ったばかりの、男達に簡単には全てを信じていいのか迷いがあった。


良い人達だとは思っていた。

心許せるとも思っていた。


しかし、最後の一歩が踏み出せないでいた真雪に、榊の一言で自分で作り上げた幾層もの壁が。


「――……ありがとう、ございます」


真雪から流れる涙と共に、少しずつ崩れていった。





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