真雪は両手を差し出してグラスを受け取ると、僅かに凛の手に触れてしまった。
冷たいグラスと一緒に凛の温かい体温が伝わり、硬直した真雪はグラスを持つ手を緩めてしまう。
真雪の手から滑り落ちる寸前に、凜はグラスを持ち直して安堵からホッと息をついた。
「どうしたんだ?」
「あ、ごめんなさい!……びっくりしちゃって」
顔を見れない真雪は視線を凛の着崩されたワイシャツにやり、再び差し出されたグラスを受け取った。
しかしその視線を配る場所が悪かった。
上から三つ目までのボタンが外され凛のスッと通った鎖骨が見えていて、なめまかしいまでの色気がかもし出されていた。
高鳴る心臓は口から飛び出してしまいそうな勢いで拍動を繰り返し、何か気を逸らす事は出来ないものかと目を泳がせる。
気付けば凛は料理をするスタイルをしていて、黒いソムリエエプロンをつけていた。
「り……凛さん、何か作っていたんですか?」
「あ、ああ、ちょっとな。真雪はデザート好きだろう?本当は明日驚かせようと思って、こんな時間に作っていたんだが。見られてしまったんだ、味見するか?」
「はい、何を作ってたんですか?」
凛から嬉しい言葉を聞き、先ほどまでの緊張は一気にどこかへ吹き飛んでしまった。
冷たい水をゴクゴクと飲み、空になったグラスをシンクへと持って凛の後ろに続いて行く。
「ブラマンジェを作っていたんだが、それに使うソースをどれにしようか考えていたんだ」
止めていた火をつけ、小さな鍋に入ったオレンジ色の鮮やかなソースを凛は丁寧に木ベラでかき混ぜる。
「ブラマンジェにオレンジソースですか、……初めてです!とても美味しそうですね」
目を輝かせて鍋を覗き込む真雪に、凛は笑みを漏らす。
「キウイソースと迷ったんだがな、じゃあオレンジソースで良いか?」
「はい!」
「真雪は本当に食わせ甲斐があるな」
「どうしてですか?」
そんなに食い意地が張ってるように見えたのだろうかと、真雪は眉をしかめて凛を見上げる。
「美味しいと言っていつも食べてくれる、作り手を満足させるぐらいの良い表情でいる。俺にはそれが何よりだ。……そんな顔をするな、別に食い意地が張ってるとかは思っていない。食い意地が張ってるのは、和泉だ」
見透かされ、尚且つ和泉の事をそんな風に言った凛がおかしく、真雪は思わず吹き出した。
「笑うほど変な事言った覚えはないのだが……」
「だって、和泉くんが食い意地……」
笑いの止まらない真雪は凛に顔を背けて、背中を揺らす。
「でも、お前もそう思うから笑っているんだろう?」
「私からはノーコメントです」
目に涙を溜め、それを拭いながら真雪は振り向いた。