「榊入るぞー」
ノックをしながら一緒に声をかけると、返事の返ってこない榊の部屋へと入っていった。
「久しぶりですね九条」
挨拶をするものの、榊の目はパソコンから逸らされる事なく慎哉を捉えていない。
「そーだな、一ヵ月振りか?」
「さ……榊さん」
慎哉しかいないと思っていた榊が顔を上げれば、慎哉に抱き上げられた真雪が不安そうな表情で見ている。
「……真雪?九条、真雪を下ろしてください」
「はいはい、そんな怖い顔しなくても下ろしますよっと」
やっと地に足がついた真雪はホッとして、安堵の笑みを漏らした。
「なぜ真雪と一緒なんです?」
真雪の笑顔に僅かに笑みを見せた榊は慎哉に目線を移し、冷ややかな面持ちでいる。
「屋敷に入ったら、たまたまエントランスで会ったから連れて来た。そのまま家に連れて行こうと思ったんだけど、榊に許可もらっとかないと、後で怖いかな〜って思ってさ。んで、貰ってって良い?」
冗談だと思っていた慎哉の言葉を再度聞き、本気だったのかとたじろぐ真雪は慎哉の側からジリジリと離れる。
飄々とする慎哉に榊は大きく溜め息をつき、頭を抱えた。
「物じゃないんですから、そう簡単に“はいどうぞ”なんて言うと思ってるんですか?」
「いいや、思ってないけど。もしかしたら良いよって言ってくれるかな〜って。俺もこんな子猫ちゃん欲しいし」
「では、良いペットショップ紹介しますよ」
机の引き出しから名刺がファイルされているフォルダを取り、パラパラと捲りペットショップを探す仕草をし始めた。
「本物の猫が欲しいわけじゃないの知ってるくせに、意地の悪い奴」
「あっ、あの!慎哉さん!私は御堂真雪って名前があるんですけど!さっきから子猫ちゃんて」
慎哉は真雪に近寄り肩を抱き、口の端を上げて笑った。
「そ〜、真雪ちゃんって言うのか。教えてって言っても誰かさんが、子猫ちゃんってしか教えてくれなかったからさ、ごめんね?あと、“慎哉くん”だよ。“さん”は駄目。もし、次に“さん”って言ったら家に連れてくからね」
抵抗はあるが、“慎哉さん”と言って本当に連れて行かれては堪らないので、真雪は渋々希望通りにすることにした。
「慎哉、くん」
「いや〜やっぱ良いねー!若い娘に“慎哉くん”って呼ばれるの、ちょー新鮮。十代に戻った気分だ」
浮かれる慎哉に対し、そんな事を言われた真雪は少し困惑気味である。
その様子を見ていた榊は携帯を取り出し、誰かに電話をし始めた。
「……私の部屋に真雪を家に連れて帰ろうとしてる人物が来てます」
廊下の方からドアをけたたましく開閉する音が聞こえたかと思うと、いつも足音なんてしない廊下がドタバタと駆ける音がし、激しい音を立てて部屋のドアが開いた。