夕食後、エプロンを忘れた真雪はキッチンに取りに行った。
部屋に戻る途中エントランスに差し掛かった時。
玄関のドアが開き、その音の方に目をやれば見知らない青年が一人。
この屋敷に住み始めて来客など見た事のなかった真雪は足を止め、青年を凝視してしまう。
少しクセのある黒髪、二重の大きな瞳が印象的な男。
瞳は薄く緑がかっており、真雪はその瞳に吸い込まれたように見入ってしまう。
両者とも無言で見つめ合っていたが、青年が真雪を指さし口を開いた。
「もしかして、子猫ちゃん?」
「はい?」
怪しげに笑う青年は、勢いよく真雪に近寄り抱き上げた。
「ひゃぁ!」
「君が榊の言ってた子猫ちゃんだね〜?可愛いねぇ〜。こんな野郎ばかりのむさ苦しい所に居ないで、俺の所に来ない?」
「え!?やだっ離してくださいっ!あなたは誰なんですか?」
腰を抱かれ持ち上げられている為、足が宙ぶらりんの真雪は逃げようとしても逃げられず、この状況をどのようにしたら脱することが出来るのかと慌ててしまう。
「俺?榊達から聞いてないの?」
「聞いてません」
「そっ、俺は九条慎哉。掃除屋だよ、本当に榊達から聞いてない?」
「掃除屋さん?聞いたような聞かなかったような……。ごめんなさい」
「う〜ん、まぁいっか。俺の事は慎哉くんって呼んでね?」
見た目は榊や凜と年が近そうな慎哉。
真雪は自分よりもうんと年上の男に対して、軽々しく“くん”と呼ぶのに抵抗してしまう。
「……慎哉さん?」
「駄目、全然駄目!“慎哉くん”。そうじゃないと抱っこしたまま降ろさないよ?てか、このまま連れて帰るか」
名案だとばかりに満面の笑みで頷き、真雪を眺める。
そんな笑顔を見せられた真雪は、誰か助けは来ないものかと辺りを見回してみるものの、誰も来る気配がない。
「勝手に連れてったなんて榊にバレたら、殺されるから許可貰ってこよっかな〜」
「えっ、やっ、ちょっと」
「子猫ちゃん、暴れないで大人しくしてて。じゃないと怪我しちゃうから」
慎哉は楽しそうに階段を跳ねるように上る。
こんな場所で落とされては堪らないと、真雪は急に静かになって慎哉に従った。
「そーそー、お利口だね。大人しくしててね」
「あの……榊さん達と、どういったご関係ですか?」
「んー?仕事仲間だよ。今日来たのも仕事の話をしに来たんだ。今まで忙しくてね〜、子猫ちゃん拾ったって聞いててさ、早く見たくて急いで仕事片付けてきたんだ」
「……子猫ちゃんて」
そうこうしてるうちに、慎哉に抱き抱えられたまま榊の部屋に着いた真雪は目の前のドアを眺めた。