「何するんですか!返して下さいっ!」
尊は無言で真雪の両手首を一まとめに壁に押し付け、身を封じる。
『もしもし、真雪?今どこに』
「アンタ誰?真雪の何?」
『貴方こそ誰ですか?』
「俺?真雪の従兄弟、もしかしてアンタが真雪をかくまっている人?」
ゆったりと言い放つ尊は眉をしかませ睨みつけてくる真雪を見下ろし、暴れる身を更に封じようと足を割りいれた。
尊の膝頭が壁にくっつけば真雪の身体は壁と尊に挟まれる。
僅かに身を捩る事しか出来なくなった真雪は大きく息を飲み込んだ。
『そうかもしれませんね。で、真雪を出してもらえませんか?』
「真雪は今、電話に出れないよ」
「榊さん!」
『……真雪?どうしたんです!?』
「助けて!ここは……ムグッ」
腕を押さえつけていた手が、真雪の口に移り塞がれる。
「真雪は喋りたくないそうだから」
冷笑を湛える尊は口元を歪ませ、無駄な抵抗とばかりに真雪の起こそうとした行動を嘲笑った。
しかし真雪は自由になった手で口に宛がわれた尊の手を退かし、それに合わせて顔を捻った。
「……スホテル……603」
片手の尊に対し両手を使って漸く僅かな隙間が出来るだけで、囁くような小さな声で言うのが精一杯だった真雪。
その声が榊に届いているのかは一種の賭けではあるが、何もしないでいるよりはと真雪なりに抵抗を見せた。
尚も睨みつける真雪を見下ろし、尊は通話を切る音と共に電源も落とし、塞いでいた口を解放した。
「GPSでこの場所ばれたら面倒だから場所を移すよ、きっと付いてるんでしょ?」
「知りません、携帯返して下さい!私帰ります!」
「このまま帰すと思ってたの?」
「大きい声を出します!」
「だから、無理だって言ってるじゃん」
不意に身体が離され、怪しい笑みを見せる尊に真雪が怪訝そうにした刹那。
重く鈍い痛みが身体の中心に走った。
「……た……ける、さん」
鳩尾(みぞおち)に尊の拳が入り、痛みで涙が溢れ意識が遠のいて行くのがわかった。
軽率だった自分の行動を呪いながら、真雪は意識を手放した。
掠れる視界の向こうには、変わらぬ笑みを保ったままの尊が歪んで見えた。