「今日からこの部屋を使って下さい」
熱から解放された翌日、真雪は白を基調にしたトイレとバスルーム付きの部屋に通された。
「色々ありがとうございます。その、両親の事も」
「我々とは利害が一致してますから、気にしないで下さい。あと暫く帰らないと連絡しておいた方が良いですね、捜索願なんて出されると面倒ですから」
榊は笑って真雪に携帯を渡そうとするが、真雪は手を握り締めたまま受け取ろうとしない。
「森村さん、捜索願なんて出しませんよ。叔父は厄介払いが出来て、重荷が降りたと思ってると思います」
「森村さんなんて堅苦しい言い方はやめて、榊と呼んでもらって結構ですよ」
笑みを絶やさない榊は、真雪の緊張を解きほぐすようなとても優しい顔で首を傾けた。
「……じゃあ、榊さん。そんな心配してくれるような人達じゃ……ないんです」
「念のタメですよ、念のタメ」
間髪を入れず、榊は真雪の台詞を遮り携帯を握らせた。
「……はい」
「この携帯は真雪にあげますから、好きに使ってもらってかまいません」
「何から何まで……すいません」
申し訳なさそうに真雪は頭を下げ、自分の不甲斐無さに思わずため息が出る。
「……死にたいって、言わなくなりましたね」
ソファーに深く腰を下ろし、長い指を顎にかけ独り言のように真雪に問いかけた。
「……榊さんの言った“両親は自殺じゃない”って言葉が気になって、死ぬどころじゃなくなりましたから」
強い意志が感じられる真雪の視線は、真っ直ぐ榊を見つめる。
そんな真雪に少し驚きつつも、榊は微笑んだ。
「じゃあもう少し落ち着いたら協力してもらうことにして、夕食でも食べに行きますか」
「……でも、何でここまでしてくれるんですか?私が倒れたとき、殺しちゃえば簡単なんじゃ……。協力って言っても、私に出来ることなんて何もないと思うんですけど」
「私達は誰でも良いから、仕事をするわけじゃないんですよ」
寂しそうな顔をしながら笑う榊を見て、悪いことを言ってしまったのでは……と、真雪の心は痛くなった。
榊達の話や、あの雨の中の和泉を見て薄々わかった事。
この住人達は、殺す事を生業としてると。
しかし心底悪い人達に見えなく、知り合って間もない人達だが少しは信用できるのではないかと考えた。
真雪は血の繋がりに縋る(すがる)よりも、よほど他人の方が温かく感じられたから。
凍り付いていた心が少しずつ溶けるように、もう一度人を信じてみようと思えてきた。