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空想庭園



「それはさて置き」
「置いておくな」

軽く目を通しながら机一杯に書類を並べながら言えば、ユベールはその書類を一つに纏めて僕の前に置いた。

ユベールの凛々しい眉が吊り上り、僕を睨む。
これでもユベールよりも地位が上のはずなのに、易々と睨まないでもらいたい。まったく。

「月胡ちゃんと一緒に住んでどう?平気だったでしょ?」
「……まぁ、な」

突然ユベールに関わる話を持ち出したら、途端に声の鋭さがなくなる。
さっきまであった刺々しい視線が僅かに下がった。

「しかし会話もしない、会う事もほとんどない。そんな状態で一緒に住んでると言う感覚は一切ない」
「でもさ、それでも一緒の家に住んでて平気でいられるなら、月胡ちゃんは合格だね」
「……合格?」

疲れ混じりの声を出しながら、ユベールは黒革のソファーに腰を下ろした。
長い前髪を掻き上げて、落ちてくる髪の隙間から僕を横目で見る。そんなユベールに僕は椅子を回転させて後ろを見せた。

「誰も信用しない、誰にも本心を見せない。仕事でだってかなり上辺だけの顔しか見せてないでしょ?本当は誰よりも義理を重んじて、優しいユベールなのに」
「……そんな事はない」
「冷たいのは元々の性格なのは知ってるけど、それは不器用だから自分を表現出来ないでいるフェイク。それを僕は知ってる」
「煩い……」
「フェンネルと僕の板ばさみになって、更にはロベリアの我侭を聞いてるの、僕は知ってるよ。たまに一人でアッチに帰ってるでしょ?」

僕が知らないとでも思っていたのなら、随分見くびられてるなぁ。
また椅子を回してしたり顔でユベールを覗き込めば、眉間に深い皺を刻んでいる。機嫌が悪そうだ。

「見ず知らずの他人だからこそ、楽になれる事もあると思うんだけど。僕やユベール以外に恐怖心を持っていたにも関わらずロビンなんか香夜ちゃんに懐いて仕方ないよ、僕に遠慮ないくらいにね」

静かに怒りを表していたユベールのささやかな反論は、いつの間にか途絶えていた。

「ユベールだって本当は今みたいな自分嫌いなんじゃない?上っ面ばかり分厚く塗り固められた自分が」

ここまで言うつもりはなかったけど。
意固地になってるユベールを、どうにか解放してやりたい。
フェンネルと言う、悪から。

「今僕が仕事サボってるから、その分がむしゃらに仕事してる。それに救われてるってどこかで思ってるでしょ?」

ソファに座るユベールは膝の上で指を組み、そこに視線を落としたまま何も喋らない。
俯いているものだから、顔に髪がかかって表情がわからない。けれど、過去の記憶が蘇ってきて気分は最悪だと思う。
でも僕の口は止まる事を知らず、止めを刺す勢いで言葉を続けた。

「疲れ果てて泥のように眠って、また同じ事を繰り返す。じゃないと夢で見るんでしょ?フェンネルにされた事」

兄弟のように一緒にいたヤツにあんな事をされたら、心が折れると思う。
それがユベールのようなどこか実直な男には余計に。

「暫く口も利けなかったもんね」

怒りもなく、悲しみもなく。
あの時、無表情で空を見るユベールがは痛々しかった。

ユベールの弱さと脆さを思い出させ、心に揺さぶりをかける。

「ちょっと執念深い所はあるかもしれないけど、月胡ちゃんはユベールを裏切らないよ」
「アニス、お前は何が言いたい」
「そんな事も言わせたいの?」

居心地が悪いのか、ユベールが口を挟む。
でも顔は上げられないままで、どこか葛藤しているようにも見えた。

過去の自分と、今の自分を振り返っているのだろうか。

「空気のような存在のモノに何も感情は涌いてこない。月胡であろうが香夜であろうがな。人間などに関わる事自体面倒だと、何度言ったらわかるんだ?」
「そうかもしれないけど、今のままじゃその場で足踏みをしているだけだってユベールだってわかってるでしょ?」
「……くどいぞ!」
「失う事が怖いのは、僕だって同じだよ。なにもユベールばかりじゃない」

様々な事を含んでそう言えば、再びユベールは口を閉ざした。

僕達しかいない部屋はとても静かで、誰も身動き一つしない。
ほんの少しの時間、僅か数秒足らずなんだろうけど、やけに長く感じる

「月胡ちゃんはイイコだよ。あのコはユベールを守ってくれる強さがある。だから少し仕事を休んで、もう少し月胡ちゃんとの暮らしを楽しんでみたら?」

暫し待ってみるが、特にユベールからの返事はなく。
無言でいるという事は、悩みながらも異論はないと言う事と僕なりに解釈。

「僕もちょっとは仕事するから、安心して休養しなよ」
「ちょっとじゃなくて、あるだけの仕事をこなせ」
「そんな時ばかりお喋りにならないでよね」

軽快に返ってきた声は僕宛の言葉。

もう少し自分を大事にしてやったって良いのに。
僕に使えててばかりで、ちっとも自分を省みようとしないんだから。

「それはお前が世話を焼かすからだろ」
「あれ、聞こえてた?」
「口に出てたぞ」
「そう?ごめんねー」

背もたれに体重を預けて嘘くさい謝罪をするが、ユベールは聞き流しているようで、僕から視線を外し深刻な顔で重い息を吐き出していた。

「ホント、休養と思って休みなって」
「……考えておく」

返事らしい返事を言ってくれた事で、僕はそれなりに満足をして座ったまま背伸びをした。

「ちょっと香夜ちゃんに食堂のフリーパス渡してくる。お金ないだろうし」

この話はこれでお終いとばかりに席を立てば、張り詰めていた空気が解ける。
よいしょと声を出して腰を上げると、ユベールは視線だけを僕に向けた。

「必ず戻ると約束するならな」
「わかったって。仕事するから、ユベールは休養の準備でもしておいてよね」

曖昧に終わらせないようにユベールにそう言ってドアを開き、何となく思い浮かんだ事を口にした。

「あ、そうそう。香夜ちゃんもイイコだけど、あのコは僕の大事な玩具だからダメ」
「言われなくても知っている」

呆れたように苦笑するユベールは少し肩の力が抜ける姿を横目に、僕は香夜ちゃん達がいるであろう社員食堂に向かった。


もう少し、もう少しだけ。
ユベールの傷が癒えてくれたら。

僕とフェンネルの問題に巻き込んでしまったユベールへのケジメを、僕なりにするから。

「昔のユベールはもっと笑ってたんだけどなー」

部屋を出て呟いた言葉は、単なる独り言で。
ユベールに聞かれでもしたら、また不機嫌な顔をされてしまうだろうと思いながら社員食堂に向かった。





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あきゅろす。
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