どうやら香夜ちゃんは、ユベールに何かを吹き込まれたらしい。 珍しくユベールが香夜ちゃんに電話をしてきたかと思えば、それから香夜ちゃんの様子がおかしくなった。 リビングで寛ぐ僕を、掃除をしながらチラチラと横目で見ている。一寸見、不審者に近い香夜ちゃんの挙動に突っ込みを入れたくなる。 しかし香夜ちゃんが何かしらアクションを起こすまで、僕は知らないふりで雑誌のページを捲った。 距離を保ちながら徐々に近付いてくる香夜ちゃんを目の端に入れながら、これから起こるであろう楽しい時を待つ。 「アニス……、あの……。ヒィッ!?って!嫁入り前の娘の前で何て物を見てるんですか!」 香夜ちゃんは僕の持つ月刊緊縛奴隷を取り上げ、真っ赤な顔で怒った。 「何……って、開脚吊りされたコが電マでクリ」 「詳しく説明しないでくださいー!」 開かれた雑誌で顔を隠しながら、香夜ちゃんはしゃがみ込んだ。 あ……、そのグラビアのコの格好、参考になるから破らないでね。 「香夜ちゃん、それ返して。僕の愛読書なんだから」 香夜ちゃんはおずおずと雑誌から顔を上げれば、見開きで写る苦悶と快楽に歪んだ表情の女の子。 「イヤアアァァァアッ!」 慌てる香夜ちゃんは綺麗な悲鳴を上げながら雑誌を壁に投げ付け、キッチンへと逃げ込んだ。 「ご主人様の大事なモノを投げないでよね」 少し折れてしまったけど、破れていないようだ。良かった。 雑誌を拾い上げ、僕は定位置のソファに行こうとすると。 「へ、へ、変態!」 「香夜ちゃん、今更だよ」 余裕を持って言い返せば、キッチンの陰から覗き見ている真っ赤な顔の香夜ちゃんは泣きそうになっている。 「そんな怖い雑誌、共有スペースに持ち込まないでください!真剣な顔をして何を見てるのかと思えばっ」 「えー、怖くないよー?」 「私には怖いんです!お願いだから……」 遂には泣き出してしまったのか、香夜ちゃんは服の袖口で目を擦りながら嘆願し始めた。 そんなに怖い物じゃないのに。 「……じゃあ、僕にお願いしてみて」 「だから、変な雑誌を共有スペースに」 「違う、そうじゃなくて」 香夜ちゃんは奴隷としての立場を理解してないようで、僕の言いたい事がわかっていないようだ。 ま、奴隷と言っても偽りの奴隷だけど。とりあえずこのシチュエーションを楽しもうかな。 何と言っても、香夜ちゃんの怯える様は見ていてワクワクするから。 「香夜ちゃん、こっちに来て。お願いの仕方、教えてあげるから」 下手に警戒させないよう、笑顔で香夜ちゃんを手招きで呼ぶ。 涙を拭い終えた香夜ちゃんは少し疑惑の目を僕に向けていたけど、構わずに笑顔で呼んだ。 「おいで」 考え事をしている時にたまに出る、香夜ちゃんの癖。眉間に皺を寄せ、戸惑いがちに動く目。 僕の思考回路を理解していない香夜ちゃんには、一生かかっても解けない問題。だから無駄に悩まなくて、素直に僕の言う事に従っていれば良いのに。 考え事が終わったのか、固まっていた表情は締まりのないモノへと変化した。 軟化した態度を戻さないよう、笑顔で手招きを繰り返す。 すると香夜ちゃんはおずおずとキッチンから出て、僕のいるリビングスペースへと入って来た。 「じゃあ、まずここに座って」 ソファに腰を下ろした僕は、その前を指差す。 疑問視する香夜ちゃんではあったけど、多くを語ろうとしない僕を一度見てからため息をつき、ゆっくりと絨毯に正座をした。 「ご主人様の読む月刊緊縛奴隷のモデルさんの身体があまりにも魅惑的なので、奴隷の私の貧弱な身体を見て泣きたくなるのでリビングでは読まないでください。はい、復唱ー」 「そ、そんな事言えません!」 「じゃあね、ご主人様の読む月刊緊縛奴隷の開脚吊りされたコが潮を吹きながら電マで」 「もっと無理ですー!」 「ご主人様なりの譲歩だよ。これが言えないなら、僕は好きな雑誌を好きな場所で読むからね」 「譲歩になってません!かえって酷くなってませんか!?」 「僕はどっちでも良いよ。好きな方のお願いの仕方で言ってもね。でもそれ以外は認めないから」 言葉を詰まらせる香夜ちゃんは目を左右に泳がせ、落ち着きをなくしていた。 香夜ちゃんの葛藤が見て取れて、僕の顔が自然と緩む。 きっとアレコレと一人で考えているのだろう。 本当、見ていて飽きない。 「ほら、顔を上げて」 俯く香夜ちゃんの顎に指を添え正面を向かせれば、膝に作られた握り拳が震えていた。 「じゃ、じゃあ……言うついでに、もう一つお願いしたい事があるんですけど……」 「なぁに?」 上目遣いで僕を見る揺れた瞳に口元が緩む。 ああ、なんて楽しいんだろう。香夜ちゃんを追い詰めている時が本当に一番楽しい。 香夜ちゃんからのお願い事……なんだろ。給料上げてってでも言うのかな? 「アニスの会社に連れて行って欲しい、です」 何だ、そんな事かと、香夜ちゃんの二つ目のお願い事なんて聞くつもりもなかったけど、拍子抜けしてしまった僕は簡単にオッケーを出してしまった。 でも屈辱を伴うであろうセリフを香夜ちゃんは恥ずかしそうに呟き、僕の心は満足感で満たされた。 |