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空想庭園



それから予約していたらしい和風創作料理のお店で、満足の行くランチを食べた。
前に連れて行ってもらったアデルさんのお店と違い、普通にお洒落なお店だった。
別にアデルさんのお店がお洒落じゃないとかじゃなくて、あのゴラゴラとか言う魔界の魚なんて出て来ない、普通のお店だった。

アニスの事だから、てっきり私が見た事も聞いた事もない絶叫ものの食材を使ったお店へ連れて行かれるのかと思っていた。

だから少し気が抜けてしまったと言うか、何と言おうか。
……普通にデートなんだなぁと、妙に感慨深い気持ちになった。

「お腹いっぱいだね」
「美味しかったですね」

自然と繋がれる手はいつもアニスから。
けれど私は、そうする事が当たり前かのように握り返す。
自分でも不思議な感覚はあるけど、アニスがあまりにも自然すぎるから私まで抵抗なく出来る気がする。

「次はこっちね」

機嫌が直ったのかアニスは終始笑顔でいる。
いつも見せていた、あの意地の悪い笑みじゃなくて、爽やかな笑み。

だからなのか、安心してデートを楽しもう、そう思えた。

「今日の香夜ちゃん、何だか雰囲気がいつもと違うね」
「そ、そうですか?」
「うん。化粧とか服装とか、いつもと違う」
「……変、ですか?」

やっぱり着替えてくれば……。メイクだっていつも通りにしておけば良かった。
それもこれも、あの黒髪眼鏡スーツのサフィニアさんに掴まったせいだ。
……でも、カッコ良かったなサフィニアさん。

「可愛いよ」
「うええ!?」
「何、その反応」

上の空で聞いていたものだから、素直に喜ぶ前に変な声が出た!恥ずかしい!

「あの、つい考え事してて……。えと……」
「……へえ、何を考えていたのかな?僕、気になるなあ」
「別に……。ただ、さっきのサフィニアさんの」
「僕とデートしてて、他の男の事を考えてたんだ」
あれ?私、また妙なスイッチを押しちゃったのかしら?

少し前を歩くアニスの顔は見えず、握られた手に力が入った感触が嫌な予感を呼び寄せた。
妙な焦りばかりが私の脳内を駆け巡るけれど、何も言う事が出来ない。

「とりあえずあそこに行こっか」
「あ、はい」

……拍子抜け。
さっきまであった不機嫌さはなくなり、いつものアニスになっている。
絶対に何か言われるか、やられるかと身構えていたのに、不要になってしまった気持ちが身の置き場をなくして慌ててしまう。

アニスが指さすお店を見れば有名ブランドの看板を掲げたお店だった。
有名ブランドの名前も有名だけど、それ以上にお高いと言う事でも有名なお店。見聞きはした事はあっても、一度もお店に足を踏み入れた事なんてない。

「いらっしゃいませ」
「婚約指輪と結婚指輪を見たいんだけど」
「ではこちらへどうぞ」

お店に入った途端、綺麗なお姉さんを前にアニスは私に話を振る事なく、淡々と進めていく。
ショーケースから出される指輪を一通り眺めると、アニスはこれとこれと指をさし、お姉さんに指示を出す。

「サイズはいかがですか?」
「僕が13号で、こっちが7号」

私の指に合わせる事なく、私の指のサイズがどうしてわかるの!?って言うか、私の指のサイズは七号なの!?って言うか、こっちって言い方はないんじゃない!?
サイズを聞こうとしたお姉さんは困惑の色を隠せず、余計な事を話そうとしないアニスに苦笑いを浮かべていた。

アニスの選んだ指輪を覗き見れば、シンプルなプラチナのリングに小さなダイヤが埋め込まれた物。おそらく私の物。
もう一つはダイヤの入っていない、男性用と思われるリングは女性用の物よりも少し幅が太目になっている。
共通するのは少し湾曲したリングは見方によってはハートに見える、可愛らしいデザイン。

綺麗だなあなんて思っていると、アニスは次の指示をお姉さんに出していた。

エメラルドカットされた大きなダイヤの脇を少し小ぶりの同じ形のダイヤが飾っている。
随分大きなダイヤだと驚いていると。

「この真ん中の、1カラットくらい?」
「そう……ですね。これは中央のダイヤが一カラットくらいですね。両サイドは0.3カラットです」
「これ、1.5カラットにしてもらえる?それに合わせてサイドのダイヤも大きくして」

1カラットって結構な大きさじゃない!?
それをもっと大きくって……。いや、ちょっと待って。そもそも指輪にそんな注文の付け方って出来るの!?

止まらない驚きを抱える私をよそに、お姉さんとアニスは話を続ける。

「仕上がりはいつ?」
「そうですね……、確認してまいりますので別室で少々お待ちいただけますか?」

お姉さんの声掛けにアニスが頷くと、私達は違うお姉さんに促されて別室に連れて行かれた。

「ただ今お茶をお持ちします」

きょろきょろと部屋を見渡す。
シンプルで小さな部屋ではあるけれど、座り心地の良いシックなレザーソファーと大きなガラスのテーブル。

アニスは何一つ慌てる様子は見せず、ソファーに優雅に座って瞼を閉じてしまった。
何だか私一人が落ち着かないでいて、余裕な態度のアニスに置いてきぼりを食らった気分だ。

出来るだけ平静さを保とうと、アニスの真似をして瞼を閉じてみる。
けど落ち着く事なんて全くなくて、根負けしたかのようにすぐに目を開けた。

「……息がつまりそう」

ふと漏らした独り言に、アニスは反応を示した。

「どうして?」
「だって……、こんなお店初めてだし。あんな注文の仕方の買い物……ましてアクセサリーなんて買った事も買って貰った事もないんですもの」
「そう」

落ち着かない心情が眉間に皺を寄せた、尻すぼみになるような声を出せば、アニスは短く返事をした。
また馬鹿にされるかもしれないと思っていたけど、嬉しそうな顔をしたアニスが私の頭を撫でた。何だか恥ずかしかったけど、ちょっと気持ち良いなんて思っちゃって……大人しくされるがまま座っていた。

「失礼いたします」

一番最初に対応をしてくれたお姉さんがアイスティーと白い陶器のお皿にチョコレートを乗せて入って来た。
アニスが頭を撫でるのをひとしきり堪能した後でのお姉さんとの対面だったため、お姉さんに頭を撫でられている所を寸での所で見られずに済んだ。良かった。

「お口汚しですが、よろしかったら召し上がってください」

綺麗なお姉さんは私達に笑顔を見せながらそれぞれの前に静かに置く。
お姉さんに軽く会釈をし、半透明の小さな結晶が散りばめられた薄いチョコレートを摘まんで口に入れた。
一瞬にして溶けたチョコレート。
半透明の結晶は塩だったようで、チョコレートの甘さをキリリと引き立てている。
結晶の粒が小さいからなのか、塩だとわかった途端チョコレートと一緒に口の中で解けて絡まる。

なんて美味しいチョコレートなんだろう。

思わず無言になった私はアニスにチョコレートの美味しさを伝えるべく目で訴えた。

「美味しいの?」

小さく何度も首を縦に振る。
アニスも甘い物好きだし、絶対美味しいって言うと思う。食べて味の共感をしてもらいたい。……そして同じ物を買って貰いたい。家に帰ってからも、また食べたいと思わせる美味しさ。

アニスがチョコレートを摘まみ、口に入れようとする様子を食い入るように見つめた。
しかしアニスはそんな私を横目でチラリと見たかと思うと。

「香夜ちゃん、あーん」

反射的に促されるまま口を開ければ、アニスの指ごと私の口に入って来た。

「ンーッ!?」
「美味しい?」

美味しい?じゃなくてっ!
強引に入れられた指が舌の上でチョコレートを撫でつける。
アニスの腕を押して私から離そうとすれば、意外にすんなりと指が抜けた。

「いきなり何をするんですか!」
「味見?」

疑問形で言われても私にはさっぱりわかりません!

「ほら、味見でしょ?」

あろうことかアニスは私の唾液と口の中で溶けたチョコレートが絡んだ指を自分の口の中に入れた。

「ん、甘い」

頭から湯気が出そうなほどの恥ずかしさに、私はふと我に返った。
ここ、お店じゃないですかー!

人前で何をやっているんだと言わんばかりのバカップルぶりを人様の前で晒すなんて!
でもさっきまでいたお姉さんはいなくて、涙目になりながらアニスを睨んだ。

「何てことするんですか!」
「だから味見だって言ったでしょ?」
「ふ……普通の味見をしてください!何も私を使って味見しなくても良いじゃないですか!ましてここ、お店ですよ!?」
「さっきの店員なら気を聞かせて途中から席を外してくれたから心配ないよ」
「ああ、そうなんですか。良かった……、って違います!」
「ちなみに僕が指を舐めている所で出て行ったんだけどね」

気を聞かせてもらった割に、恥ずかしい場面をほぼ見られているって事実!

少ししてから様子を窺うように入って来たお姉さんは笑顔を崩さないでいて、そんなお姉さんを前に私の意識は停止寸前で。
頭の中を真っ白に、私は目の前で繰り広げられる商談とも言えるようなアニスの買い物を眺めていた。




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