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空想庭園




梅雨時期に珍しく、雨の降らない日々が続く昨今。
ジメジメとした嫌な空気がなくて気持ちは良いものの、あとから水不足になるんじゃないかと少し心配になる。

待ち合わせまでは後一時間。南口バスターミナルまでは、ゆっくり歩いても三十分もあれば余裕で着く。

待ち合わせ場所に近付くにつれ、何だか落ち着かない。
いつもと違うシチュエーションだからなのか、久しぶりに一人で外出しているせいなのか。

外で待ち合わせてのデートだなんて、本当の彼氏彼女みたい。……形的には夫婦ではあるのだけど、夫婦と言うより、彼氏彼女と言う響きの方が妙に緊張してしまう。
そんな事を考えたら急に恥ずかしくなってしまい、足が止まってしまった。

思えばメイクとか服装とか、やたら張り切ってますって見えなくもない。
周りの人にはそう見えないだろうけど、普段の私を見ていたアニスにしてみれば、きっとそう思うに違いない。

バスターミナルまで後少しだけど、まだ時間はある。
やっぱり普段通りにしよう。
浮かれてるなんて思われるの、恥ずかしいし。

踵を返そうと思ったその時。

「ちょっとお話しませんか?」

後ろから声をかけられ、思わず振り返った。
やだ、ナンパ?と年甲斐もなく嬉しくなり、ぎこちない笑顔を見せれば目の前の男の人は優しい笑みを見せた。

黒髪、眼鏡、スーツ姿の私の心を射止めるには充分すぎる装備をした素敵な男の人。
穏やかそうに細められた目は綺麗な切れ長。男の人にしては少し色が白いと思っていれば、自然と足は止まっていた。

「お時間、少し良いですか?」
「あの……これから待ち合わせが」
「ほんの五分ほどで良いんで、少し時間をいただけませんか?」
「……五分くらいなら」

時間の猶予を貰えた事が嬉しかったのか、男の人はホッとしたように息を吐いた。
まあ、五分ぐらいならどうにかなるか。

「ではお祈りをさせてください」
「はい?」

そのセリフを皮切りに、男の人は私に向かって何やらブツブツと唱えながら祈り始めた。

駅が近いせいもあり、道行く人は私達に好奇の目を向けている。
私、お祈りの許可出してないんですけど!恥ずかしい!恥ずかしいよー!

一刻も早くこの場から立ち去りたくて、ジリジリと後退りをしようと試みる。
しかし。

「まだ終わっていません」

がっしりと腕を掴まえられ、縋るような目で見る黒髪眼鏡スーツ。

「……はい、ごめんなさい」

き……キュンとした!
そして騙されてる私!

どうしよう。
五分なんて短いと思ってたけど、意外に長くて。
オロオロする私を掴んで離さない男の人に困惑してしまう。

「香夜ちゃん、待ち合わせはここじゃないでしょ?」

救いの神が現れたと同時に、声の主に背後から抱き締められた。

「アニス!」
「何してるのー?」

私の肩口から目の前の男の人を見るアニスの表情はわからないけど、面白くなさそうな声が不機嫌さを表していた。

「これは魔界の王子、お初にお目にかかります」
「……誰?」
「サフィニアと申します」

アニスに声をかけた男の人は私から手を離すと、恭しく挨拶をした。
突然の出来事に目の前の男の人とアニスを交互に見るけど、二人の表情に何ら変化はない。

「サフィニア……ね。聞いた事あるよ」

依然私から離れようとしないアニスは、身体に巻き付けた腕を更に強めた。

「で、何をしてるの?」
「人間の幸福を祈っていました」
「そんな事しても天界には戻れないよ」

二人の言っている意味がわからず、アニスの腕も振りほどく事も出来ずにただジッとしていた。
でも淡々と喋るアニスはどこか冷たさを感じる。それは否定的なセリフを言っているせいなのかもしれないけど。

「いいえ、戻れます。私の行いに神はきっとご赦免してくださいます」
「ならそれをいつまでも信じていれば良いよ。神なんて自己満足を満たしてくれる、自分を信じてやまない手足がいれば良いだけなんだもの。一度切ってしまった手足はいらないよ。代わりはいくらでもいるから」
「神を冒涜するのはお止めください!」
「その神に堕天されたんでしょ?地上ならまだしも、魔界にまで墜ちたんだ。色まで奪われた真っ黒な堕天使さん?」

捨て台詞のようにアニスが言うと、私の腕を取って駅へと向かった。
それからサフィニアさんはアニスに何も言わず、私は足をもつれさせながらも振り返った。
悔しそうに、どこか切なそうに顔を歪めた彼が酷く印象的で、アニスはサフィニアさんに残酷な事を言ったのだと気付かされた。

「これからデートだって言うのにケチがついちゃった」

不快な感情を露にアニスはズンズンと前に進む。

アニスにとってサフィニアさんはあまり好ましくない人だったのか。もう一度振り返れば、人の波に飲まれたのか、立ち去ってしまったのか、サフィニアさんの姿はなくなっていた。

「はい、切符」

僅かに不機嫌さを残すアニスに切符を手渡され、私達は改札を抜けた。

サフィニアさんの顔が頭の中をチラつく。どうしてか私の心に不安が残る。
あんなアニスを見たのは初めてだったというのもあるけど、それ以上に止めを刺さなければならないほどアニスにとって嫌いな人だったのだろうか。
余計な事を言わないで放っておく事もできたのに、どうしてしなかったのか。
いつも飄々としていて、他人の事なんてお構いないといった態度ばかり見てきた私にとって、サフィニアさんへの態度は初対面に対する態度ではない……と思う。

どこに行くのかは全くわからないけど、言いようのない不安が繋いできた手を戸惑う事なく握り返す事ができた。

さほど混んでいない電車に乗り込むと、アニスが疲れたように口を開いた。

「香夜ちゃんは、変な奴に好かれちゃうよね。体質?フェロモン?」
「いきなりなんですか!?」
「ロビン、フェンネル、ハヤミテツオ。今のサフィニアもそうだし」
「私が単に動物好きだから、ロビンは寄って来たんじゃないんですか?フェンネルさんの件に関しては、アニスのせいが大半だと思います。速水くんは職場の同僚であって、変な人じゃありません!サフィニアさんは……たまたまだと思います」

それに私を好きだと言ったアニスが一番変な奴じゃないんですか!?

……と、これは恥ずかしくて言えないけど。

「まあ良いけど。とりあえずお腹減ったから、ご飯でも行こっか」

私の怒りや恥ずかしさと、少しの不安でごちゃまぜの胸中などおかまいなしに、アニスは何でもなかったかのように言う。

そうですよね。アニスはいつもそのスタンスですよね。




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あきゅろす。
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