翌朝、いつもと変わらない目覚めの私は、パジャマからルームウェアに着替えた。
パジャマを洗濯するべく手に持ち、寝癖のついた頭を撫で付けながら部屋を出ようとした。
「……ん?」
ドアの隙間から一枚の紙が差し入れられている。
まだ覚醒しきらない頭で、何の迷いもなく紙を拾い上げた。
「今日の十一時に駅の南口バスターミナルで待ってて?」
紙に書いてある文字を読み上げれば、浮かんでくるのは昨夜の出来事。
これは、きっと……十中八九、デートのお誘い。
でも私にとってデートのお誘いと言うよりも、果し状に近い気がするのはなんでだろう。
悪い予感に背中が震えたけど、とにかく真相を確かめずにいられなかった私は、隣のアニスの部屋へと向かった。
「アニス?」
ノックをしてから声をかけたけど、返事がない。
無駄に早起きなアニスなのにまだ寝ているのかと、深追いはせずに洗面所に向かった。
いつものように本日一回目の洗濯をしようと思えば。
「あれ?今日も洗濯物が……少ない」
昨夜使ったであろうバスタオルや衣類があるくらいで、いつもの尋常じゃないアニスの試着された服が今日は見当たらない。
昨日は少なかったけど、今日はまったくと言って良いほどない。
かなりの疑問が沸き起こったけれど、仕事が少なくて済むと素直に喜んだ。
リビングの掃除を軽く済ませ、朝食の準備を始めた。
いつもであれば朝食の準備をしてる最中に遅くても現われていたアニスが、今日に限っては来なかった。
不思議に思った私は、再びアニスの部屋へと赴いた。
「アニス?朝食できましたよ」
ノックをしても声をかけても返事はなくて。
不審に思った私は、遠慮がちにドアを薄く開けた。
「ロビン?」
「ニャウン」
ドアの隙間から顔を出したのはロビンで、二本の尻尾を揺らしながら私の足元に擦り寄ってきた。
「ねえロビン。アニス起きてる?」
私の足元から離れようとしないロビンは答えてはくれず、仕方ないとばかりに寝ているであろうベッドの方へと視線をやった。
しかしそこには誰かがいる形跡は全くない。一歩中に踏み出し、部屋を見回すがアニスはいない。
「ロビン、アニスはどこに行ったの?」
問いかけたのに知らないとばかりにロビンは私の足元で毛づくろいを始めた。
そして一瞬だけボーッとその姿を眺めていたけど、すぐに我に返った。
こんな事は初めてで。
いつも家を開ける時は必ず私に言っていたのに、アニスはどこに行ったのだろう。
不思議に思いながらも一人で朝食を済ませ、いつもより格段に少ない洗濯物を処理した。
待ち合わせの時間まで、あと二時間半。
少し早いけど支度を始めようと自分の部屋へと向かった。
思えばアニスと初めてのデート。
デートなどと甘い響きと縁遠い相手ではあるけれど、妙に浮かれる気分になる私は、やはり女なのだと思ってしまう。
結婚したなんて実感がないまま生活をして。
それなのに漸くここにきて初めてのデート。
つくづく順番がちぐはぐだと、疲れたようなため息が自然と零れた。
クローゼットから取り出す服は、白いシフォンの半袖と紺色のスカートが切り替えされた清楚なワンピース。切り替え部分の胸下に紺色のリボンを結ぶ。
パンストは熱いしと、ガーターストッキングを足に滑らせた。シェイプ効果のあるストッキングに、足が少しでも細く見えればと期待して。
いつもと違うさっぱりとしたメイクではなく、服に合せた女の子らしい可愛らしさをプラスしたメイクを施す。
せっかくのデートなんだもの。どうせなら特別感を出して、アニスを驚かせてやりたい。
アイラインやチークをしっかり目に入れて、睫毛もきっちりと上向かせ。
いつものヌードカラーばかりのグロスじゃなくて、ほんのりと色付いたピンクを唇に乗せた。
出来上がった姿を鏡に映して、最終チェック。
「バッチリ」
時計を見れば、まだ時間はあるけれど、落ち着かない私は部屋を出た。
「ロビン起きてるかな?」
向かったのはアニスの部屋。
ノックをしてドアの隙間からロビンを探せば、すでに待構えていたのか戸口に座る黒猫の姿。
「私、これから出かけて来るから、お留守番お願いね」
私が頭を撫でれば、気持ち良さそうに目を細めるロビン。
いつまでも触っていたくなる感触ではあるけれど、名残惜しい気持ちを持ちながらその場を離れた。
玄関に行きパンプスを履く。
この家から一人で出かけるなんて未遂はあったけど、確実に出かけるのは初めてだなんて少し感慨深く思いながら、浮かれた気分でドアを開けた。
「行って来ます」
お留守番をするロビンに向けて声をかけ、私は待ち合わせの場所へと向かった。