「あはは、フェンネルー、遊びに来たよー」 魔界の怪鳥ベルクに乗り、城の中へと入った。 姿形は鷲だけど、大きさは人が一人悠々と乗れるほどの大きさ。翼から繰り出される疾風の強さもさることながら、ベルクの武器は鋭い爪とくちばし、そして破壊的な鳴き声にある。 子供の頃、城から随分離れた場所で迷子になった時に僕とベルクは出会った。そして意気投合し、仲良くなった。 今回の襲撃に快諾してくれた事に関して、後でベルクにご褒美をあげなきゃ。 「ベルク、派手に行くよ」 僕の声に反応しベルクが金切声を上げれば、城の窓が共振してガタガタと揺れる。 鳴き声が一際大きく高鳴ると、窓ガラスは一斉に弾けた。 細かく降るガラス片の中、僕はそこを掻い潜るようにベルクを操った。 城で働く奴等が悲鳴を上げたり、僕を諌めようとしたりする声が下から聞こえる。 けどほとんどはベルクの羽ばたきや鳴き声で、はっきりと聞こえる事はない。 「ごめんねー。僕、今すっごく怒ってるから、何にも聞こえなーい」 迷惑をかけるつもりは更々なかったけど、今までフェンネルを野放しにしてしてきたんだ。城の奴等にも多少の犠牲を払ってもらわなきゃ、腹の虫が治まらない。 一通り城内をかき回してからフェンネルの部屋まで行くと、僕はベルクから降りた。 「自由に城で遊んで良いよ」 「キエエエーッ」 ベルクは大きく翼を広げ、大きく鳴いた。 来た道を戻り、ベルクは羽ばたいて階下へと向かった。 フェンネルの部屋を急襲すれば、冷めた表情で僕を見た。 ベルクの声で何かしらの騒ぎがあったと知っているだろうに、さして驚く様子も見せずに手元の紙に視線が戻った。 「何か用ですか?」 「わかってるくせに。さすがの僕も堪忍袋の緒が切れちゃったよ」 「私は元々堪忍袋の緒が切れていますよ」 紙を机に置き、フェンネルは静かに立ち上がる。 いつもの冷静な顔でいても、金色の瞳が僕を拒絶するような獰猛さで睨んでいた。 「僕に構うの止めてよね。僕は僕で静かに暮らしたいんだからさ」 フェンネルからの刺すような視線を真っ直ぐに受けながら僕が話しているうちに、部屋の温度が徐々に下がる。 冷気が漂い、口から漏れる息からは白い筋を作り、天井には大小無数の氷柱が伸びる。僕の怒りは絶対零度を呼び寄せた。 「アニスの存在がなくなれば、私も平穏に暮らせるんですけどね」 フェンネルは両手に炎を纏い始めるが、炎の威力は小さい。 尚も部屋を覆う氷は厚みを増すばかり。 氷の鳴る音が辺りに反響するように四方八方から聞こえる。 天井の氷柱を悪戯に落してやれば、フェンネルは軽く避けていく。 「僕を怒らせなきゃ、ずっと平穏でいられるのに。……フェンネルは馬鹿だね」 フェンネルが天井の氷柱に意識を奪われていた時、壁に仕掛けた氷柱を発動させた。 横から突き出して来るとは思わなかったようで、余裕を見せながら避けていた身体を僅かに掠める。 「防戦一方だと、思わない方が良いですよ」 「そんな風に思ってないから安心して」 氷柱を避けながらもフェンネルは右手の中で炎を凝縮させ、紅蓮の色を濃くした。 対する僕は、待っていましたとばかりに両の手で氷の盾を作り上げた。 「その程度の物で、私の炎が防げるとでも?」 フェンネルの掌に収まる程の大きさでしかなかった炎は、一瞬にして質量を増した。 増幅された炎に目を奪われていると、フェンネルの手から放たれていた。 一見してフェンネルに余裕を感じられるけど、全ては僕が思う通りに進んでいる。手の内で転がす感触がとても心地良い。 あの余裕めいた表情が一変する時の事を考えると、背中がゾクゾクしてたまらない。自然と緩んでしまう口元をそのままに、僕は勿体ぶったように口を開いた。 「僕は防ぐつもりなんてないよ。……取り込むんだから」 凍っていた盾は硬質から柔軟な動きを見せ、僕に迫りくる炎を全て包んだ。 蠢く氷はクリスタルのような輝きと透明さで、紅蓮を瞬く間に飼いならした。 「アニス、貴様っ!」 「余裕さがなくなったねえ、フェンネル」 炎の塊は球体になった氷の中に閉じ込められていて、一つのオブジェのような美しさを見せた。 それに気を取られている一瞬の隙をつき、フェンネルの足元を氷が一気に這い上る。 「お返しだよ」 上げた右手の上に浮かぶ熱い氷の塊を悪戯に揺らしながらフェンネルに、侮蔑の笑みを見せた。 僅かに動きを制されたフェンネルの頭上へ一直線に、氷の中で燃え盛る炎を一気に落とした。 「ばっかもーん!」 頭蓋骨から粉々になれば良いと思って放ったオブジェを、寸での所で轟いた雷音と凄まじい稲光……と、父の声によって邪魔をされた。 稲光に目が眩み、僅かの間悪かった視界がどうにか回復した頃。僕がフェンネルに落とした氷の塊は、父の雷によってすでに木端微塵にされて部屋の中を小さな氷と炎が漂っていた。 そして僕の作り出した氷のステージは元のフェンネルの部屋になっていた。 「ロベリアに聞いて来てみれば、何をやっとるかあ!」 更に落とされる雷。 比喩ではなく、本物の雷。 僕達に落とされる数々の稲妻は、絨毯をアチコチ黒焦げにしている。 「父上、これには深い訳がっ……うあーっ!」 父が現れた事によって狼狽えるフェンネルの背中に落とされた雷は服を焦がし、衝撃からか一度弓なりに大きくしなったかと思うと、蹲るように身体を小さくした。 「言い訳は見苦しいぞフェンネル!」 ファザコンのフェンネルは父からのお仕置を甘んじて受け入れているけど、僕にはそんな趣味更々ない。 だから華麗なステップで避ける避ける。 「アニスも城を破壊してどうする。大ホールの窓が全て粉々になって、使用人共が困っておったぞ」 「僕だって怒ってたんだもん。仕方ないよ」 いつまで経っても一発も当たらない怒りに疲れたのか、やれやれとばかりに父は僕への攻撃を諦めた。 「ロベリアが機転を利かせてくれて、わしを呼んでくれたから良い物の。次にこんな事をするならば、お前等とは親子の縁を切る」 「父上、それはあまりにも!」 「喧嘩をしなければ良い話じゃろ。それとも何かフェンネル。お前はわしと縁を切ってまで、アニスと喧嘩をしたいのか?」 「そんな事はありません!……わかり、ました。金輪際アニスとは喧嘩をしません。申し訳ありませんでした」 「僕は縁切っても良いけどー」 父のお説教に興味もないし、つまらないしで首の後ろを掻きながらぼやく。僕の言葉が気に入らなかったのか、態度が気に入らなかったのか、父は笑顔のまま無言で僕に大きな雷を落とした。 悪い予感がしたから、前もって身構えていたおかげで難無く避ける事が出来た。 けど。 「あーっ!」 最初に父から食らった雷のダメージから漸く回復したフェンネルが、巻き添えをくっていた。笑える。 「兄弟仲良くと言いたい所じゃが、多くは望まん。喧嘩はするな。あと、アニス。ベルクをどうにかするんじゃ。あんな気の荒いベルクを手懐けられるのはお前くらいのもんじゃからの」 そう言って父は、絨毯の上で痛みに悶えるフェンネルを気遣う事無く部屋を出て行った。 「被害が広いと後始末に困る」 ドアを閉じる一瞬、父のため息と共に疲れたような本音が聞こえた。 |