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空想庭園




インターホンが鳴る。

この家でインターホンが鳴る時は今や宅配便だけ。
以前宗教の勧誘の人が家に来た時、たまたまアニスがいて華麗に撃退した。いや、正確にはアニスが何かしたんだと思う。
思う……と言うのには訳があって。

「香夜ちゃんは中で待っててね。僕、このお兄さんとお話があるから」
「え、何?何の話?」
「ほら、良いから良いから。中に入って、大人しく洗濯しててね」

にこにこと微笑むお兄さんを前に、アニスは私を中に押し込み、外で何やら話をしていたようだった。
聞き耳をたてようとしたけど、ぼそぼそとしか聞き取れなかった。そしてお兄さんの引きつったような小さな悲鳴。
でもそれは物の一分でアニスがドアを開けて入って来ると、玄関先にいたはずのお兄さんの姿はすでになかった。

ある日は消防署の方から来たとインターホン越しに言われたので玄関を開けたら、作業着の三人組がいた。
私が出るや否や、作業着を着た男の人に手招きされた。

「ここ水漏れしてますよ。このヒビが入ってる場所。これは早く直さないと大変ですよ奥さん」
「あの、奥さんじゃないんですけど」
「たまたま近くに現場があって通りかかったんですけど。良かったですね奥さん、早く見つける事が出来て」
「あの、消防署って関係あるんですか?」
「私達時間あるので、今から直しますね」
「あの……」

作業着の面々は私のセリフをことごとく無視してくれて、何やら道具を出し始めた。

どうしようかなと焦り始めると、突然玄関のドアが開いた事で私はそれに突き飛ばされた。

「香夜ちゃん、その人達誰?」
「だ……誰でしょう?」

微笑むアニスに倣い、私もぎこちなく笑みを返した。
それからアニスは作業を始めようとする人達を一通り眺め、また私に視線を戻した。

「香夜ちゃん」

手招きをされ、アニスに近寄る。

「中で待っててね」
「うぎゅ」

アニスに襟首を摘まれると、投げ捨てるように家の中に入れられた。
一瞬絞められた首が苦しくて、私は遠のきかけた意識を取り戻しているとアニスが帰って来た。

アニスが何をして来たのかはわからないけど、やっぱり作業着の三人組はすでにいなかった。
代わりに工具一式が残されていた。あの人達の商売道具なんだろうけど、その後の胡散臭い仕事に支障はなかったのだろうか。まあ支障があった方が、世のため人のためなんだろうから良いとしよう。

そんな事もあったな、と。それ以来この家はブラックリストに載ったんじゃない?と思うほど、全く来なくなった。
煩わしくなくて助かるけど、一体何をしたんだろう。

気になったから、アニスに何をしたのか詳しく聞くと。

「話をしただけだよ」
「あの人達って、悪徳系の人ですよね?話をしただけで普通帰りませんよ」

家主の許しを得ず、勝手に作業するような人達だもの。作業後には法外な修理代金を請求されるに違いない。だから簡単には引き下がるような人達ではない。
いくら私だって、それくらいわかる。

「普通に話をして納得して帰ってもらっただけだよ。僕、香夜ちゃんと違って頭が良いから、巧みな話術で納得してもらえるんだよ」
「一々私を引き合いに出さないでください」

結局どんな話術だったのか、詳しくは教えてはくれなかった。けど本当に話術だけだったのかは、今でも疑問に思う。

そんな事があったものだから、インターホンが鳴るのは宅配便。そう決め付けた私は玄関に行き、ドアを開けた。

「はーい」
「こんにちは、香夜さん」

私の強張った笑顔に対し、爽やかに穏やかな笑顔の人。
一拍の後、ゆっくり開けたドアをゆっくりと閉める。
いや、閉めたつもりだった。

「どうして閉めるんですか?」

フェンネルさんの手がドアの隙間に入っていて、強い力で私の閉める力を殺そうとする。

「いや……何となく、です。あの、閉めて良いですか?」
「せっかく訪ねて来たんです。入れてもらえませんか?」

嫌です、とは言える雰囲気ではなく。ただ苦笑いでドアの引っ張り合いを続けた。
こんな時に限ってアニスは外出中。この場を乗り切るには、私が踏んばらなくてはならない。

「実は今日来たのは、香夜さんに相談がありまして」
「え……、相談?」

思わぬセリフに私の力が弱まり、たった今決意したばかりの気持ちが簡単に揺らいだ。そんな私を見抜いたのか、フェンネルさんは一瞬の隙をついてドアを強引に開けた。

戸惑う私を前に一歩足を踏み出し、フェンネルさんは玄関に入って来た。私は後ずさりをし、フェンネルさんから一定の距離を取る。

「はい、アニスの事で相談が。話を聞いていただけませんか?」

フェンネルさんを訝しげに見ている私に、少し悲しそうに微笑んだ。
私が悪い事をしているかのような錯覚に陥る。けど、実際フェンネルさんは私に悪い事をしたんだもの。私がこんな態度でいるのも、フェンネルさんのせい。なのに……。

憂いを帯びたような表情のフェンネルさんはどこか頼りなげで、私は思わず。

「……わかりました」

返事をしてしまった。



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