「俺の世界には奴隷制度がある。それは王家にだけ許された行為。王位継承権を持つ者が必ず持つ紋章がある。王家直属の奴隷には絶対的な服従の意味を込めて奴隷の身体に、その紋章を使って焼印を押す。これは名誉な事で、下賎な輩は自ら進んで押してもらいたがる」 「……まるでマゾ」 「そうではない。なぜなら王家直属の奴隷としての特権が発生するからだ」 「だからって自分の身体を傷つけてまで、する事?」 「例えば身分が最下層の者でも、中の上ほどに位が上がる。それが高位にいる者であればあるほど、王家の位に近づける。王家の奴隷とは、下の者にしらた簡単に手に入る権力の象徴でもあるからな」 ハンドルを握りながら、ユベールはただ淡々と話す。 車に乗った途端、話し始められた話。私には理解が出来ない。そんなに権力に縋りたい物なのだろうか。 「人間とて権力を握りたがる輩はたくさんいる。人間も悪魔も、それは一緒だ」 「欲深い奴はろくな死に方しないと思う」 「ああ、そうだろうな」 信号が赤になり、車の群れが止まる。 ユベールは細く息を吐くと、ハンドルから手を離した。 「俺の背中にあった火傷は奴隷印を押された痕だ」 「……奴隷に?権力が欲しかったの?」 「まさか。権力なんぞ欲しいと思わない」 「じゃあ、どうして?」 「フェンネルは俺とアニスを引き離したかったからだ」 「どうして?」 少しの間を置いて、ユベールはハンドルに手を戻し、車をゆっくりと発進させた。 問いかけた答えを聞きたくて、運転するユベールを見つめる。 視界に入る車窓は風景を流していて。でも車内は時が止まったかのような静かな物だった。 ウィンカーの音がし、ハンドルを切る。直線を走り出すと、ユベールは勿体ぶったように口を開いた。 「アニスが嫌いだからだ」 漸く出てきた答えが、嫌いだからだなんてとても納得出来るものではない。 アニスが嫌いだからってだけで、身体に傷を負わされた側にしたら怒り狂うほどのつまらない理由。 「馬鹿みたい」 「同感だ……が、立たされた立場が立場だからな。俺達には計り知れない何かがあるんだろう。あの二人が何を考えているかなんてもわからない話だしな」 まるで他人事のように話すユベールに、妙な苛立ちを感じた。 今まで話を聞いてきた私でも、他人事ながら腸が煮えくり返る思いをしているのに。 どうして、そう冷静にくだらない現実を受け止められるのか。 「でもどうして、そんな思いまでして変態緑の側にいれるの?私だったら嫌だ。絶対に無理」 私の質問に答えようとせず、ユベールは押し黙ったまま車を走らせる。 難しい質問をしているつもりはないのに。もしかして自分でも変態緑の側にいる意味がわかっていないのだろうか。 横目で盗み見るようにユベールを窺えば、冷たい表情を崩さないままで前を真っ直ぐに見ていた。 「着いたぞ」 その声に前を見れば、見知ったビルが姿を現した。 会社の地下駐車場に行くまでに、最後の信号に引っ掛かり車はゆっくりと減速する。 「巻き込まれる覚悟だけはしておけ。……アニスとそれほど強い関係性はないにしても、心構えをしておくのとしないのとではわけが違うからな」 「ん、わかった」 「俺の目が届く範囲であれば、助けてやるくらいはできる。警戒を強めておけ」 ユベールから殊勝な言葉をかけられるとは思わなかった私は、まじまじと隣を見た。 誰かを助けてやろうなんて、そんな気持ちを持っていたとは驚きだ。 私の不躾な視線を感じたのか、軽く助手席に目線を落とすユベールが怪訝な顔をした。 「何だ」 「……いや、意外に優しいんだなーと」 素直な気持ちを言えば、またユベールは無言になってしまった。 せっかく褒めているのにと思いながらも、まあ良いかと前を見た。 動き出した車は、薄明るい地下駐車場へとゆっくりと進んだ。 |