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空想庭園




家の外見はしっとりとモダンで、中に入ると黒茶けてピカピカに磨かれた廊下に陽射しが入って落ち着いている。
設置されてある家具に至っては、揃いと思われる銀色の縁取りがされた高そうな物ばかり。

何度見ても隙のなさそうな家に感嘆する。

「……邪魔だ」
「煩い、今行くよ」

リビングに通じるドアを開けたまま立っていた私は大きく一歩を踏み出して中に入った。

珍しく帰宅時間が一緒だったユベールと玄関先で会った。
それこそ何をやっているのか知らないが、帰って来ない事もしばしばなものだから、こんな風にばったり会う事は初めてかもしれない。

ほんの少し私が早かったせいもあっての、今のやり取り。

与えられた仕事は受付嬢、もっとも私に向いていない仕事のような気がする。
どっちかって言うと、作り笑いをするような仕事より、身体を動かす仕事の方が好きなんだけど。
しかし我侭を言える立場ではないから、諦めなければならない。

大きく息を吸い込み、今日の仕事を終えて凝り固まった顔を解しながらコンビニで買ってきたご飯をテーブルに置いた。

「いただきまーす」

この家にユベールと住んでいるけど、特にお互いを干渉しないから気が楽だ。
ご飯も、掃除も自分の事は自分でやる。共有する部屋もそうだ。使ったら片付ける。
ルームシェアをしていると思えば、わかり易いかもしれない。

その相手が変態緑でないのが救いだ。……ユベールがやった事は絶対に許さないけど、私にとって住み易い環境を作ってくれるのだから少しは大目に見てやる。

もそもそとコンビニ弁当を食べていると、ユベールはキャビネットから高そうなブランデーを取り出してグラスを持って私の前にあるソファーに腰を下ろした。
ブランデーがグラスに注がれると、アルコールの匂いが私の鼻を掠めた。ご飯の最中に嗅ぎたくない匂い。

「仕事は慣れたか?」
「……ん、まあ」
「そうか」

唐突にかけられた言葉に、私は食べる手が止まった。
いつも私の存在をないものとしていたユベールが心配をしていると感じたから。

ユベールは中途半端に空中に浮かんだ私の手を見て、訝しげに目を細めた。

「何だ」
「いや、別に……。ユベールこそどうしたの?心配してくれてんの?」
「それなりにな。お前が俺達を巻き込んだのか、お前が俺達に巻き込まれたのかはわからないが、お前もアニスの気まぐれに付き合わされたんだ。それなりに責任は感じる」

驚きだ。私が巻き込んだとは聞き逃したくない言葉ではあったけど、冷たい表情のままではあるけれど、言っている言葉は優しい。
こんなユベールは初めて見た。

「でも私にとっても好都合だし。仕事と住む場所提供してもらってるから」
「そう思っているなら良いが」

グラスにあったブランデーはユベールの口に全て入り、グラスは透明な色を取り戻す。
そして空いたグラスに、再び瓶を傾けた。

「だが、これから災厄が降りかかるかもしれない。心構えだけはしておいた方が良い」
「ふーん」

私も止まっていた手を動かし、話をしながらご飯を食べ始めた。

不幸に慣れっこの私にとって、災厄くらい別に心構えなんてしなくても平気と思えた。
軽く聞き流し、最後に残したから揚げを口に放り込んだ。

「いずれ、その災厄はいずれ月胡の前にも現れるかもしれない」
「災厄って、何なの?」
「俺の知り合いだ」

災厄と言うから、地震とか洪水とかの自然災害の事を考えていた。
それが人なんだと思い、驚いた私はユベールに顔を向けた。

「それもとても厄介な災厄だ」
「誰?私の知ってる人?変態緑?」
「近いな。アニスの兄、フェンネルだ」

あの変態緑の兄では災厄の何者でもないだろう。
ただでさえ変態緑はろくな事をしないのだから、その兄ともなれば何倍も頭のおかしい奴に違いない。

「でもどうして変態緑の兄ちゃんが私と会う事になるんだ?」
「お前は俺達が何者か知ってるのか?」
「何者って、ユベールはユベールでしょ」

私の質問に答えようとせずに、逆におかしな質問をするユベールにそう返せば、呆れたように息を吐き出した。

「俺達、アニスや俺は人間ではない」
「ああ、知ってる。カヤちゃんから聞いた」
「驚かないのか?」
「別に、現実味に欠けるって言うか。それにさっきも言ったけど、ユベールはユベールでしょ」

初めてカヤちゃんと出会ってあのトイレで話をしていた時に、その話はすでに聞いていた。だから私にとっては、今更感のある事だ。
くだらない話だと言わんばかりに言い捨て、コンビニの袋から炭酸飲料を取り出して封を開けた。

「それに最初は嫌だったけど、今はこの環境が気に入ってんの。……あの変態緑はともかく、あれからユベールは私に悪さしないしさ」
「なら別に良い。ただし、自分の身を守れるのは自分と言う事だけは覚えておけ」

ユベールは空いたグラスとブランデーの瓶を持って立ち上がると、それらを片付けてリビングを出て行った。

「言われなくても自分の身ぐらい守れるっての」

今まで一緒に住んでいても接点らしい接点なんてなかったせいか、ユベールと真面目な話をした事がやけに新鮮に思えた。

ユベールが部屋に戻ってからは、日課であるスクワット、腕立て、腹筋、背筋を各百本をこなしてお風呂に入った。
気持ちの良い汗を掻いた後のお風呂はまさに最高で、明日の仕事の活力源。

「寝よ」

あの変態緑の来ない穏やかな一日だったと、微睡む頭で思いながら眠りについた。




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