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空想庭園







ユベールやアニスが何かコソコソしているのはわかった。
けど私に関係ない事だからと、あまり気にも止めてなかった。

私は私で、アイツ等はアイツ等。

しかし会社ではそうもいかない。
職場での私の立ち位置は受付嬢と言う、随分派手な場所だ。

どこからか漏れたのか、ユベールと同棲しているとの噂が流れていて、余計に私をジロジロと見る人が増えていた。
実際は同棲と言うよりルームシェアをしているだけなのだから、同棲と言った甘い響きは全く似合わない。一緒の家にいてもろくに会話らしい会話をした事がないのだから。

それより何より、滅多に姿を現さないアニスが会社に来る度に一々ちょっかいを出すものだから、ユベールとの同棲に信憑性を更に加える事になったのだと思う。
しまいには婚約間近だと囁くヤツもいる。私的にはありえない話で、それを信じる奴等も奴等だ。

中にはユベール達との仲を僻む奴等が私に悪意の目を向けてくる事もあった。

「高卒程度で私達と同じ気持ちで仕事されたんじゃ、ヤル気も失せるわよね」
「本当、そう思う。最低学歴が大卒の条件のここに縁故で入り込んじゃってさぁ」
「社長直々の辞令だったらしいじゃない?あんな野蛮な子を受付にだなんて、考えられないわよ」

また飽きずに今日も私の事を言ってる。
あれが私よりも学歴高い年上の人間かと思うと、この人達を採用した上の人間の見る目がない。
見る目がないのは当然か。なんてったって、トップはあの変態緑。
変態緑を心の中で嘲笑って、今感じるストレスを解消する。ささやかなストレス解消方法で悔しいけど。

更衣室は男がいないものだから、女達は好き放題に嫌味を言ってくる。
普段は男の目があるからと、媚びを売るのに忙しくて私の事なんて見向きもしないのに、少しでも暇が出来るといつもこうだ。

こういった手合いには、無視を決め込むのが一番。相手をしていたら際限がない。
着替えが終わり、ロッカーを閉じて鍵をかける。
先輩達の顔はロッカーの陰に隠れて見えないけど、それでも私が着替えていたのを知っていての愚痴はわざと聞かせている意味を含んでいたのはわかっていた。

「お子様はお子様らしく、親のスネでも囓って学生でもしてれば良いのよ」

けどこっちの深い事情も知らず、上辺の噂話で私を中傷するのはやっぱりムカつく。

私の気も知らないで!今すぐにでも先輩達を張り倒したり蹴りたい衝動に駆られる。
瞬間的に体温が上がったけれど、何事もなかったように私を中傷する先輩方の後ろを通った。
高校を卒業したばかりとは言え、社会人になったんだ。いつまでも力技で解決をするような事も卒業しなければ。

アニスの独断で、この会社での就職が決まったのだ。
最低学歴が大卒と言うのは、私が新人研修を終えて三日経った頃だった。

実際、あの人達が言っていた事もわかる。就職難のこんな時に、高卒の私が縁故で入ったのだから愚痴の一つや二つ出てもおかしくない。
言い返したかったけど、それを考えたら言う事を戸惑わせた。

でも好き勝手言われるのは面白いわけもなく、今湧いて出た苛々は解消されずに胸の中でグルグルと渦巻いていた。

「お先でーす」

更衣室のドアを押し、私は何食わぬ顔で出て行った。
それが面白くなかったのか、陰口を叩いていた奴等は顔を引きつらせて私を睨んでいた。
怒りや嫉妬に満ちた醜い顔を見れたら少し胸がスッとし、気分がさっきよりはマシになった。

家までの道のりはそれほど長くなく、電車と徒歩で三十分ほどだ。
その帰り道に、今どこにいるかわからない両親を思い出した。

両親は揃って見事なまでの放任主義。おかげで年より随分大人びた子供だったと思う。
親からは最低限の手助けをしてもらっただけで、自分の事は自分でしろと育てられた。頼りになるのは自分だけと私に教えながら、両親は海外にボランティアをしにいった。
自分の娘は放っておいて他人を世話するのかと少し呆れもあるけど、それは両親がやりたかった仕事なんだしなあと思えば不思議と腹は立たなかった。

ただ、泥棒に入られてアパートを追い出された時には、さすがに両親を恨んだ。
急に立たされた窮地に混乱していたんだ。仕方ない。

今置かれた立場やぬるい生活は、昔と比べたら随分楽な物だと思う。
そう考えたら、私も大人になったんだなとしみじみと耽ってしまった。

いずれはあの家やこの会社を出て、私一人で生活しなければと思う妙な使命感がある。
やはり今までの生い立ちがそうさせるのか、今の生活から簡単に抜け出せるのだろうかと言う疑問を同時に抱いた。

変態緑に強引に勧められた、ユベールとの同居。
心許ない財布事情で仕方ないとはいえ、変態緑の世話になるのは面白くなかった。けれど仕事も住む場所も困らないのであれば、悪い話ではない。
干渉しないでいられる今の環境が意外に居心地も良いし。

二つの思考に迷いながら、もうちょっと居てみようかなと心で呟いた言葉は自分に言い聞かせるようでいて、どこか安心してしまった。

結局の所、私はこの生活が好きなんだ。






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あきゅろす。
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