帰宅してから、もうお腹いっぱいだと言うアニスは先にお風呂に行った。 私と言えば乾いた洗濯物をたたみながら、だらだらとしていた。 今日は食事を作らなくて済む、そう思えば洗濯物さえたためば私は自由。 早くお風呂に入って、ゆっくり寝よう。……今日負けた事は気にしないで。なんなら忘れたっていいと思う。 我ながらなんて浅はかな現実逃避だろうと思ったけど、今はそれで良いや。 「さっぱりしたー」 アニスはTシャツにスウェット姿で、濡れた髪を掻き上げながらリビングに入ってきた。 洗濯物をたたみ終えた私も続けてお風呂場に行き、嫌な汗を洗い落とした。 部屋にでも戻ったのかと思えば、アニスはソファーに座ってテレビを見ていた。 昼間の緊張感はどこへ行ったのかと思うくらい、のんびりとした夜。 私は冷蔵庫の中から牛乳を取り出し、グラスに注ぐ。グッと一杯の牛乳を飲みほし、寝る準備が整った事を身体が感じた。 「じゃあ、おやすみなさい」 一応アニスに挨拶をし、リビングを去ろうとドアを閉めようとした、その時。 「香夜ちゃん」 ん?と思いながら、向けていた背を戻して、アニスに振り向いた。 「香夜ちゃん、ちょっと」 座ったまま、手招きをして私を呼ぶ。 顔はテレビに向いていて、私を見てはいない。 一体何の用事だろうと、眠気が少しずつ出てくる頭で考えながらアニスの元へと歩いた。 「はい、何ですか?」 目の前に居るのにも関わらず、アニスは手招きをする手を止めようとしない。 私は怪訝になりながらも足を一歩前に進め、アニスに更に近づいた。 すると手招きしていたアニスの手が、私の手首を捕まえた。それはもう、がっしりと。 「香夜ちゃん」 今まで散々テレビにしか視線を向けてなかったのに、途端に満面の笑みで私を見るアニス。 こ、これは……。 「罰ゲームと、僕の賞品。まだだったよね」 アニスの手に捕まえられている私は逃げる事が出来ず、唐突に突きつけられた現実に引き戻された。 ええ、眠気なんて一気に吹き飛びましたとも! 「そうでしたっけ?」 目を逸らしながらそう言えば、アニスは掴んだ手首を強く握って引き寄せた。 「うん、僕は香夜ちゃんにまだ罰ゲームやった覚えがないもの」 ぎりぎりと痛む手首。 すでに罰ゲームな気がする……。 何が良いかなーなんてセリフを、呑気な声でアニスは言う。私の気も知らないで! 「あ、そうだ!」 唐突にアニスは思いついたように声を上げると、喜々として私を見つめた。 「僕の賞品、香夜ちゃんの罰ゲームにぴったりだから、一個にまとめてあげようか?」 なにやらはしゃぐアニスは何を思いついたのか。 ……ん、待って。 アニスの賞品が私の罰ゲーム?一緒?扱いが一緒なの? アニスの願い事は私が罰ゲームになりうる何かって事? 素直にうんって首を縦に振れない。 「ねえ香夜ちゃん。罰ゲーム一個と二個、どっちが良いのー?」 私は呆れと悲しさが入り交じり、とてもじゃないけど喋る気力がない。 アニスの願いは私にとっての罰ゲームで、私は勝負に負けたから罰ゲームを受けるわけで。 まずい、頭が混乱してきた。 いつまでも喋ろうとしない私が気に入らないのか、私を押し倒すように迫るアニス。 気付いた時には、アニスは私の上に馬乗りになるように跨っていた。 「どうする?僕はどっちでも良いんだけど。それに今、賞品を貰っても良いんだよ」 ええーっと。 アニスの賞品は私への罰ゲームで。今賞品を貰うって事は、私は罰ゲームを受けるって事で。でも罰ゲームは罰ゲームでもう一個あるわけで。 私の上に乗るアニスよりも、頭の中は罰ゲームと賞品の言葉がぐるぐると回りまわっていた。 「香夜ちゃん、壊れたのかな?」 何の反応も示さない私に、アニスはつまらなさそうにしながらその場を退き、ソファーに身体を沈めた。 「じゃあ、今度ね。楽しみにしていてね」 アニスの言っている事を頭の片隅に置きつつ、頭の中は罰ゲームと賞品の定義とは?と一人自問自答していた。 |