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空想庭園



「ロン」
「またラード君の親で……」

覗き見ていた部屋から重苦しい声が聞こえ、私は視線を中へと向けた。
ラードくんと呼ばれた眼鏡をかけた男の人が上がったらしく、麻雀牌を表に向けて倒している。
一方、ロンと言われて上がられた側の人は少し肩を落としていた。柔らかそうな茶色の髪が邪魔で顔までは見えないけど、落胆していると思わせるような悲哀が感じられる。

「まーたタカオを狙ってるんだかね、ラード君は」

私は麻雀必勝法を捲りながら、その様子を窺う。そして私が初心者だと察したオーナーさんは事細かに色々と教えてくれた。

「思っても見ない、これはなんと高めが俺に。字一色、大三元、ダブル役満」
「タカオ、ハコテンだね」
「さ、精算精算」

くせのある黒髪で表情に少し幼さの残る男の人が、タカオくんの脇にあるガランとした箱を覗く。
ハコテンやダブル役満などの用語をオーナーさんにかいつまんで教えてもらいつつ、茶髪のタカオくんと黒髪のワシオくんは兄弟なのだと言った。

似てない兄弟だなぁなんて思いながらも、卓を囲む面々の見目麗しさに胸がドキドキとしてしまう。

タカオくんの点棒は千点棒が三本と百点棒が六本のみで、ハコテンになったとしてもまだ足りないのだとオーナーさんは言う。

「服一枚脱いだら、一万点引いてあげるとかどうだろうね。ラード君や」

タカオくんの格好は店内が暑いからなんだろうけど、半袖のTシャツとジーンズといった冬にもあるまじき軽装。
脱げる服は下着を合わせても三枚のみと思われる。
……少し、物陰から覗く感じでなら脱いでいる所を見てみたいと思うのは仕方がないと思う。それくらいに、オーナーさんが断言するほどの粒ぞろい。

「香夜ちゃん、変な事考えていなーい?」
「めめめめ滅相もございませんっ」

突然私の顔はアニスの両手で包まれ、アニスの方へ無理矢理向けられた。
「本当にー?」と強い疑惑の眼差しを向けるアニスから目を逸らし、私は邪な考えを吹き飛ばした。
卓を囲む男の人達に再び目に付く物をザッと計算しても、それでも点棒はまだまだ足りなさそうだ。

「男の肌なんて見たって俺にとっていいことが一つも無いどころか損しか生まれないんじゃないのか。金に困っているわけではないが俺はいつでも真剣勝負」

ルールの一つとしてニコニコ現金払いがあり、それはスタッフ同士のものだとしても、ここ雀荘鯖丼では必ず守らなければならないとオーナーさんは言う。
「ドゥフフ」と奇怪な笑い声を上げながらの説明に、アニスやユベールさんと知り合いなのが頷ける。
他人の不幸なんてどこ吹く風とばかりに、スタッフの人達がこれからどう動くのか興味津津といった具合に眼を爛々と輝かせていたのだから。
きっと魔界の人で、人間じゃないんだと思う。……確認してはいないから、もし人間だったらごめんなさい。

「……ない」
「別に金もいらないし裸も見たくない。勝負に勝てたからいいとしよう。ダメ?オーナー」

隙間を覗き込んでいた私達に視線を向け、ラードくんは無表情で問い掛けてきた。
そんなラードくんの言葉に、顔を上げたタカオくんは祈るような思いで瞼を閉じた。

「オーナー」

ワシオくんはタカオくんの手を取り半ば無理矢理立たせると、私達の方に向かって歩いて来た。

「俺とタカオ、ここ辞める」
「おやおや、ラード君の行為に甘え、それでいてここから去ってゆく気かい?それはちと都合が良すぎるんじゃないのかい。普通なら私から金を借りてラードに返し、兄弟そろってただ働きとなるはずだろう」

どこぞの時代劇に出てくる女郎屋の女将ばりのきつい口調に、私はタカオくんとワシオくん兄弟が哀れに見えてきた。

「金は後で持ってくるから」
「どこにそんなあてがあるってんだい、ええっ?タカオ、あんたはどうなんだい」
「俺は……」

込み入った話になりそうと思い後退りをしようとすると、後ろから肩を軽く突かれた。

「香夜ちゃんはこっち」

振り返るとアニスが笑顔でいて、私の手を取ってもう一つの扉へと誘った。
緊迫した空気に不釣り合いな声と笑顔に私は気が抜け、隔絶するように部屋のドアを閉めてアニスの誘いに素直に従った。

「デカデカピンって?」
「千点一万の高レート」

あの必勝法によれば、点棒と呼ばれるあの棒は百点から。次が千点で……、と考えていると、私の血の気が引いていくようだった。
私にもわかる。それはかなり高いレートだと言う事が。

「でも僕達のかけるのは、お金じゃないから安心して。レートとか関係ないしね」
「……そ、そうですよね」

もし私が負けても払えない。なんと言っても、月給で二百円なんだもの。

「勝つか負けるかのどちらかだからね」

清々しい笑顔でアニスは言い、私を麻雀牌がすでに整列しているテーブルへと連れて行かれた。
そして私を席に座らせると、その対面にアニスが腰を下ろしそのままの表情で言葉を続けた。

「まぁ、香夜ちゃんは負けて罰ゲームを受けてもらう事になるんだろうけど」
「ば、罰ゲーム!?」

罰ゲームなんて聞いてない!と叫んだ所で三人は私の言葉に耳を傾けてくれる事はなく、悲鳴を上げるしか出来なかった。

「やっぱりやりたくないですー!」
「往生際が悪いよ、香夜ちゃん」
「カヤちゃん、諦めて?」

経験者の三人に対し、未経験者の私。負ける確率99,9%。
0,01%の勝率でも、僅かな期待に胸を膨らませてここまで来たのに、ここに来て罰ゲームの存在を告げられても困る!非常に困ります!

緊急事態です。
もうすでに臨戦態勢とばかりに、ユベールさんは煙草の煙に目を細めながらじっくりと自分の前に並らんだ牌を見ている。
オーナーはツキちゃんに射殺すような視線を向けながら「おら、サービスだ」と言ってワンカップを出してくれた。中身は水だそうで、ツキちゃんは牌を場に捨てながらその水を飲んでいた。
アニスにいたってはオーナーに空腹を訴えると、斧を見せつけるようにしながらも鯖丼を持ってきてくれていた。それは常連さんのみにしか出さないオーナー特製の特別メニューだそうで、アニスはこれがいたくお気に入りなんだとか。

「月胡ちゃんのイーピン、ロン」

お店特製鯖丼を食べながら、アニスはツキちゃんのイーピンを自分の所に持っていき、綺麗に整列した麻雀牌を倒して見せた。

「国士無双十三面待ちー、やくまーん」
「変態緑!お前またイカサマをしただろ!十三面待ちなんてありえない!」
「……月胡諦めろ。アニスはイカサマ無しで天和も地和も九蓮宝燈もすでに何度も上がっている。今更驚く事ではない」
「変態……、今まで良く生きてこれたな」
「まーねー」

麻雀必勝法片手に皆の会話を解読するのに忙しくて、とてもじゃないけど役を作るまで出来ない。
ツキちゃんはアニスをどこか尊敬したような目で見ていて、今の会話はよほど凄い事を言っていたんだと感じた。

それから一時間。あっという間の時間が過ぎた。
たった一時間、されど一時間。
こんなに長く感じた一時間は初めてだった。

「僕が一位で、月胡ちゃんが二位、三位がユベール。で、香夜ちゃんが四位ー」
「もう少しで捲れたのに変態緑に負けた、悔しいっ!」
「月胡に負けると思わなかった……」
「ううー」

がっくりと頭を垂れていれば、肩に手が乗った。
顔を上げれば、満面の笑みのアニス。

「さて、香夜ちゃんには罰ゲーム。僕の願い事は何しようかなぁ。ああ、すごく楽しみ」

満ち足りた、それはそれは楽しそうにしているアニス。
私は……この世の終わりだと、これから降りかかる罰ゲームに怯えながらの帰路についた。





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