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空想庭園





リビングにあるコタツの天板の上には麻雀牌が入った箱が四段に重ねられていた。
コタツを囲むのは、アニスに呼び出され不満顔のユベールさんとやけに真剣な表情のツキちゃん、相変わらず元気なアニスと元旦早々から精気の抜けてしまった私の四人。

「あのー」
「なぁに?」
「皆様は麻雀の経験は……」

私が恐る恐る尋ねれば。

「接待でやった事もあったな」
「生きて行く上で必要だったから」
「あるに決まってるじゃーん」

ユベールさんのは何となくわかる。仕事では様々な付き合いがあるのは、私もたくさんの上司達を見てきたから納得が出来る。
けれど魔界の住人であるそんな人が、ましてあのユベールさんが人間じみた事に顔を出していたのかと思うと、少し笑ってしまいそうになる。

ツキちゃんの生きて行く上でって……。一体何をどうすれば麻雀が必要になるのか、全くもってわからない。彼女の過去はいまだ謎が多い。

アニスに至っては論外。
ただの暇つぶしで覚えただけなんだろうと、言われなくても簡単に予想がつく。

「じゃあ、私だけが知らないんですね……」

気を重く呟けば、アニスとツキちゃんが目を丸くして私を凝視してきた。

「えー知らないのー?」
「カヤちゃん、マジで!?」
「灰皿を寄越せ」

ユベールさん一人が全く場違いな発言をしていたけど、私はアニスやツキちゃんに頷きながらキッチンにあったであろう灰皿を探しに行った。

「なら、これを貸してあげるから覚えてね」

私がコタツに戻りユベールさんに灰皿を渡すと、煙草に火をつけ臨戦態勢を取る姿の後ろから、アニスがどこからか持って来た“初心者麻雀必勝法”なる本を手渡してきた。

「そこにやり方とか役が載ってるから、見ながらやれば良いよ」

ページを捲れば、麻雀牌の絵と共に様々な漢字で書かれた役名があった。それらはルビが書いてなければ読めない文字ばかり。
本を眺め唖然としている私にも関わらず。

「さて、香夜ちゃんには虎の巻をやった事だし、半荘でアリアリにしようか」
「アリスは?赤ドラは?」
「初心者な香夜ちゃんがいるから、今回は無しにしよっか。簡単に飛んじゃうとつまらないし」

ツキちゃんとアニスは私に不可解な言葉で話をしている。
私はそんな言葉を耳にしながら、必死に虎の巻から聞き慣れない単語を探す。


ユベールさんはユベールさんで銜え煙草で箱をひっくり返し、大きな手で麻雀牌を掻き回し始めた。それに続けとばかりに、アニスとツキちゃんの手が伸びた。
各々が自分の前で牌を並べ、素早く二段に積み上げる。見よう見まねで残った少しの麻雀牌を私も積み上げようと思ったけど、出来そうになかったから二つ三つと細々と麻雀牌を積んだ。

「じゃあ、僕が仮仮でサイコロ振るねー」

台の上、隅の方にあった小さなサイコロを手に取り、アニスは中央に転がした。

「僕が親ねー」

二つのサイコロは1と4。
そして再びサイコロを振れば同じ出目が出た。

「ジゴね」

アニスは自分の目の前にある麻雀牌を四つ取ろうとすると、ユベールさんが煙草を灰皿に押し付け、真向かいに座るアニスに鋭い視線を向けた。

「積み込んだろ」
「バレたかー」

怒っている風なユベールさんを前にアニスは悪びれもせず、呑気な声を上げて笑顔で応える。

「雀荘に場所を移す。アニスのイカサマが出来ないようにな」

勝負事に燃えるタイプなのか、ユベールさんは徐に立上がり、上着を羽織った。
追うようにツキちゃんがアニスを睨みながら立上がる。

「やり方がキタネーぞ、変態緑。このクソがっ!」

ツキちゃんまでもが本気で怒っているようで、今にも唾を吐き出さんばかりだ。
一方、私は何が何だかサッパリで、ポカンと間抜け面を晒していた。そんな私を見兼ねたのか、ツキちゃんが私の手を掴んで立ち上がらせた。

「カヤちゃん、変態緑はねイカサマをしたんだよ。自分に有利な配牌になるように、雀牌を積み込んだんだよ」

解りやすく教えてくれたツキちゃんからアニスへ視線を向ければ、唇を尖らせた顔が私を見ていた。

「ユベールも月胡ちゃんも大人気ないよね。賞品に目が眩んじゃってさ。たかが遊びにそんな目くじら立てなくても良いのにー」

アニスの言葉に、私はツキちゃんに引き摺られる足を止めて振り返った。

「賞品?」
「うん、賞品。何でも一つだけ願い事を聞いてもらえるって賞品。ご褒美ないとやる気でないからって……言ってなかったっけ?」

その言葉に私の目の色が変わったのがわかった。もはやアニスの最後の言葉は聞こえない。
瞬時に弾き出された答えは絶対に勝たなければと言う、とても無謀な事ではあったけれど。

「早く雀荘とやらに行きましょう!」

息巻く私は掴まれていた手を逆に握り、ツキちゃんを引き摺るようにして足速に玄関へと行った。

雀荘に着くまでの道中。
私は麻雀必勝法をずっと眺めていた。たとえ付け焼き刃だとしても、ビギナーズラックと言う言葉がある。
勝って、奴隷の立場を返上し、アニスの元から立ち去らなければ!






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あきゅろす。
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