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空想庭園




「お正月だねー」
「そうですね」

広々としたリビングからテーブルや絨毯が撤去され、変わりにあるのは正方形の小さなコタツとユニット畳。勿論模様替えは私の仕事なわけで。

正月番組をアニスは朝から眺めていて、私は私で年末で作り終える事が出来なかった初めて作るお節料理に四苦八苦していた。
それこそ年末に作り終える事が出来なかった理由の一つは、そのコタツを出すと言う作業があったからだ。

「暇だし、ユベール達呼ぼっか」

コタツの天板に顎を乗せるアニスは独り言のように呟くと、瞼を閉じた。

あのハロウィンパーティー以来、ツキちゃんには会っていない。たまにツキちゃんから連絡がくるくらいだ。
しかしツキちゃんと話をしていると、必ずと言っても良いほど、アニスは邪魔をしてきた。それに苛々したツキちゃんは、アニスが出社している隙に電話を入れてくれるようになった。

ユベールさんはちょくちょくとここに来ていたけれど、ツキちゃんが来る事はなかった。
まあ、ツキちゃんだって仕事をしてて忙しいだろうし、毛嫌いしているアニスがいる家になんて好き好んで来ないだろうから仕方がないと思う。ちょっと寂しいけど。

「うん、良いんじゃないですか?」

だから久しぶりにツキちゃんに会えると思えば、アニスの呟きに乗ってしまうのは必然で。

「僕と香夜ちゃん、ユベールに月胡ちゃんの四人……。コタツ……」

私の声に反応したのかしていないのかはわからないけど、いまだに瞼を開けずにいるアニスはまた一人で何やら呟きを繰り返した。

「よし、出来た!」
「よし、電話しよー」

私がお節料理を作り終えると同時に、アニスは携帯を出して操作し始めた。
そんなアニスを視界に入れながら、これでお節料理から解放されると御重の中に視線を落とし感慨深い目で見ていると、この苦労が起こった事の発端を思い出した。

「お正月と言えば、お節料理だよね」

アニスの、このたった一言が発端。
本当、毎度の事ではあるけど。どうしてそんなにイベントが好きなのか。それに手抜きはしないで、本格的。
……振り回されるのは全て私なんですけどね、ははは。心の中で自嘲めいた笑い声を上げながら、表情はどんどん冷めていった。

しかし私の実家でお節料理と言う物を見た事がない。
母の話だと、新婚当初に父にお節を作ったがそれほど喜ばれなかったから二度と作るまいと心に決めたのだと、遠い目をしながら教えてくれた。

広告やテレビ画面の向こうでしか見た事のなかったお節料理。あんな母がいたせいなのか、私も自分で作ろうなんて思った事がないし、買ってまで食べようと思わなかった。
だからアニスから渡された“ビバ!和食”なる、料理の本を見ながらの挑戦は本当に大変だった。
母ではないけれど、二度と作りたくないと思わせるには十分過ぎるほど大変な作業の連続だった。これを作って喜ぶ人がいろうがいまいが、私は本当に二度と作りたくない。

昔の人はおせちの料理の一つ一つに意味を込めていたと、本に書いてあった。しかし私にはまったく逆の事しか思いつかなかった。

昆布巻は喜ぶじゃなくて、苦労に巻かれる。
黒豆はまめに暮らせるんじゃなくて、まめに苦労する。
栗きんとんはお金持ちに……って、月給200円の私は何百年働けばお金持ちになれるのか。
正月早々にネガティブな考えを廻らせ、昔の人を恨みがましく思いながらお重の蓋を閉じた。

「じゃあ待ってるねー」

通話を終えたアニスが、疲労困憊の私を見ながら携帯を閉じた。

「これからユベール達来るからね」
「はあ」
「気のない返事しないでさ。ほら準備準備」

アニスは私の背中を押し、何やら笑顔で急かして来る。

「え、な、何の準備?」
「決まってるじゃん。四人集まったら麻雀だよ、麻雀」
「はいー!?」

さも当然とばかりにアニスはウキウキとしていた。
私はと言えば困惑していて、アニスの指示で麻雀用の天板を出しに物置へと追いやられていた。

「これが麻雀用の天板だよ、覚えておいてね。また使う時があると思うから」

コタツの天板を持って行ったアニスはそれを仕舞い込んで、代わりに出した麻雀用の天板。
物置にずっとあったもう一つの天板。何だろうと思っていたけど、これでやっと謎が解けた。

いつもなら私だけで準備をするんだろうけど、珍しい事にアニスが率先して天板を運んでいる。
皆でやる麻雀がとっても楽しみなんだろうな。アニスのやる気を見ていると、よくわかる。
嫌々やるんであれば、アニスはここまで動かないから。

でも皆で集まるのは久しぶりだな、なんて。私も少し楽しくなっていた。



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あきゅろす。
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