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空想庭園




「いーやーでーすーっ」
「往生際が悪いね、香夜ちゃん」

門の扉にしがみつく私を、呆れ顔のアニスはリードをつんつんと引っ張っていて行く事を促している。

私は人間としての尊厳を捨てたわけじゃない。だから意地でもこんな恰好で出歩くのは絶対に嫌!
前にこの服を着た時は家の中だったから我慢も出来たけど、外に出るような恰好じゃないもの。絶対に無理無理!

「これは香夜ちゃんが招いた事なんだよ。だから素直に言う事聞いた方が良いと思うんだけどなー」

そう言いながらアニスはゆっくりとリードを手繰り寄せ、私との間合いを詰める。
何が何でも離さないとばかりに鉄柵の扉にしがみつき、この場から動かないと意思表示をした。

「四つん這いで散歩したい?」
「ヒッ」

耳元でアニスが囁く。力いっぱいに目を瞑っていたのに、背中に走る悪寒で目を見開いた。

「僕の力を使って、四つん這いでしか歩けなくさせても良いんだよ?」
「や、やぁ」

首を取れても良い!
それくらい力強く必死に首を横に振った。冗談じゃない!

「本物の猫みたいで良いかもね」
「ね、ね、猫はリードを付けて散歩なんてしませんからっ」
「室内だけで飼ってる猫の場合、リードを付けて散歩をしてる飼い主くらいザラにいるよ」
「私は野良猫ですから!だから放っておいてください!」
「ご主人様である僕の意見に異を唱えるの?」
「そんなつもりはありませんけど、こんな屈辱的な恰好で外は出歩けません!」
「じゃあ、譲歩しようか?」
「お願いします!」

アニスからの甘言に、私は即座に反応。
今よりは絶対にマシなはず!

お願いしますと意気揚々に断言してしまった後で、アニスは「良いよ」と笑って、すぐに家の中に入って行った。
もちろんリードに繋がれた私を引っ張りながら。
でもどうしたのものか、言いようのない不安がじわじわと私を支配する。

リビングに入り、アニスはソファーに座った。
私のリードはアニスの手から離されていて、首輪からだらしなくぶら下がっている状態。

……これ、外しても良いのかな?私が首輪についたリードを外そうと手をかけると。

「猫はそんな風に手を使わないでしょ」
「え、だって」
「猫は喋らないよ」
「そんなっ!」
「散歩行く?」

ぐっ、卑怯な……。

「猫は四つん這いだよ」

私はアニスの言う事を聞かなければいけないと言う窮地に追い込まれた。
もはや四面楚歌。逃げる道はないし、散歩か目の前で無理難題を突き付けるアニスの言う事を聞くか。二つに一つ。

背に腹は代えられないと私はその場で跪き、四つん這いになった。屈辱的。
アニスはソファーに背をもたれ、足を組み替えながらそんな私を見下ろしていた。

「ほら、おいで」

まるで本物の猫を呼ぶかのように、指先で私を誘う。

「い、嫌で」
「猫は喋らない」
「に……、にゃー」
「おいで、香夜ちゃん」

きっと顔が赤いと思う。今までにないくらい、凄く恥ずかしい。
私は下に敷かれた絨毯を見ながら、四つん這いでアニスの元へ向かう。
アニスの足元まで行くと、ずるずると引きずられていたリードを拾い上げた。

「ほら、こっち」

アニスは隣に来るよう促す。
少しでもたじろいでいると、手繰り寄せられたリードを引っ張られ首が締まった。

「従順な猫じゃないと、散歩に行くよ」

私が私じゃなくなりそうな気がする。けれど、散歩は嫌。
嫌々四つん這いのままソファーに上がる。アニスの顔を見ないように乗るのが精一杯。
それを見たアニスはお利口と言いながら、私の頭を撫でた。

「あ、そうだ。香夜ちゃんは牛乳好きだったね。今用意するから待っててね」
「にゃー!にゃー!」

首を横に振りながら、私はいらないと必死に猫語で鳴く。
けどアニスはそんな私を無視し、小さなお皿に牛乳を入れてリビングに戻って来た。
言わんとする事はわかる。絶対に牛乳を飲ませるつもりだ。それも猫のように手を使わないで!

「はい、どーぞ」
「にゃーにゃーにゃーにゃー」

尚も首を振り続けていると、アニスがリードを引っ張り囁いた。

「散歩」
「にゃ……にゃああ」

泣きたい!泣きたいです!
アニスに縋りつき、止めて欲しいと……猫語だから意味は通じないかもしれないけど、でも気持ちは伝わるはず!

「じゃあ僕も手伝ってあげるからね、大丈夫だよー」

そう言いながらアニスはお皿の牛乳に指を浸し、私の前に差し出した。

「ほら、舐めて」

顔を逸らしていた私の目の前に、アニスは白く濡れた指を見せる。

「ねえ、早く」

指先から白い滴が零れそうになった時、私は咄嗟に舌先を軽く出してそれを舐めた。
零れてしまう。ただ、頭の中にはそれだけしかなくて、思わず行動に移してしまったのだけど。

ただ、私はやってしまった感がいっぱいで恐る恐るアニスを見れば、恍惚の表情でいた。

「可愛いね……、香夜ちゃん」
「何のプレイだ?」

いつからいたのか、ユベールさんは私達を怪訝そうに見下ろしていた。

「あ、ユベール。ねえねえ見て、可愛いでしょ香夜ちゃん」
「……邪魔したな」
「ばいばーい」

ユベールさあああん!助けてくださいー!
帰るんだったら私も連れてってくださーい!
救世主かと思ったユベールさん出て行ったと知らせる、ドアの音が響く。
私にとって、この世の終わりの音。

「邪魔が入っちゃったね。続き、しよっか」

まだまだ物足りないとばかりに、アニスは満面の笑みで私を撫でた。

それからアニスが堪能するまで、小一時間。
私はこの屈辱的な事を延々と強いられていた。







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あきゅろす。
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