「猫……。これが……ロビン?」 鏡から黒猫へと姿を変えたロビンは大きく伸びをし、私の前で来るとお座りをして吊り上った金色の目を見せてくれた。 黒猫ロビンは尻尾が二股に分かれていて、俗に言う猫又のような姿。 「ロビンは全てを見通す力を持っているんだ。鏡となって、僕にも見せてくれる強い味方」 「じゃあ、鏡から私の様子を見てたって言うの?」 意味深な笑みでいるアニスを見て、私の脳内には嫌な考えが浮かび上がった。 今さっき私を見ていたから、泣いていた事もわかったの? もしかして、初めて会ったあのアパートでトニーの居場所を知っていたのも、このロビンのせい? 二本の尻尾を器用に動かすロビンを見下ろす。 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、私の身体に擦り寄っている。艶やかな毛並みに手を伸ばし撫でれば、温もりが感じられた。 無機質な鏡ではあったけれど、確かにロビンは生きている。 目の前で鏡から猫の姿に変わらなければ、私はアニスの言う事を信用出来なかったと思う。 「ロビン、おいで」 アニスがロビンを呼ぶが、呼ばれたロビンは聞こえないのか私に擦り寄るのを止めようとしない。それどころか、私の膝の上に飛び上がった。 「ロビン、香夜ちゃんから離れて」 目を座らせたアニスは声のトーンを低く、ロビンの首根っこを掴もうと手を伸ばす。 ニャアンと甘えた声で鳴くロビンに私の母性本能がくすぐられ、反射的にアニスの手を止めた。 「別に良いですよね、私が抱っこしてても」 するとアニスは暫くロビンを無言で見つめ、細く息を吐き出したかと思えば私の正面に腰を下ろした。 「じゃあ、そのままで聞いて」 アニスの神妙な面持ちに、自然と緊張感が増す。 「今回の……、フェンネルの件はロビンがいたから助かったようなものだけど。きっと、フェンネルはまた来る。香夜ちゃんに会いに」 「フェンネルさんが私に?」 「最近僕の身辺を窺う気配があったんだけど、たぶん色々と調べていたんじゃないいかな?僕を取り巻く環境をね」 「それがどうして私……?」 「簡単に言うと、僕はフェンネルと喧嘩をしててね。それもあって、あっちの世界に嫌気をさして出て来たんだ。で、この世界に根を下ろしたんだよね」 アニスの言う事をいまいち飲み込めない。 喧嘩をしているからといって、私になぜ会いに来るのか。出来れば二度と会いたくないと思わせるほどの恐怖を味わったのだから、是が非でも断りたい所なのに。 「フェンネルは執念深い奴でさー。僕のお気に入りは全て手に入れたがるんだ」 「私はアニスの……ド、奴隷であって、お気に入りではないと思うんですけど」 言いたくない「奴隷」の二文字を言うのが、こんなに苦痛だとは。 小声でその二文字を言って誤魔化しはしたけれど、自分を奴隷と認めたようで嫌だ。 膝の上で呑気に欠伸をするロビンの頭を撫でながら、悔しさを飲み込んで少しだけ落ち着きを払った。 「フェンネルに気付かれた一番の原因は、ハロウィンパーティーをした時に僕が魔力を使っちゃったから、その波動を見つけられたんだと思う」 私の話を華麗に無視してくれたアニスはロビンの首根っこを掴み、強引に自分の膝の上に乗せるとロビンを見下した目で見つめた。 ロビンは不本意だと言わんばかりに、二本の尻尾を交互にアニスにぶつけて不満を表しているように見える。 さっきまであった温もりが失われた事で少し寂しさを感じ、私は手持ち無沙汰になった手を膝の上に置いた。 「もし、一人でいる時にフェンネルに会ったら油断しちゃ駄目だよ?」 と言っても、一人にはさせないけどさ。小さく消え入りそうな声を私は聞き逃さなかった。 さっき私の部屋に来た時だって、あんな弱々しい顔をしていたんだもの。 心配してくれている、そんな気持ちが少し伝わった気がする。 普段が普段なだけに、アニスに心配されると少しくすぐったい。けど嬉しい気持ちがじんわりと胸を温めた。 「だ、大丈夫ですよ。私だってあんな怖い思いしたんですもの。フェンネルさんには二度と会いたくないです。それに」 「一人にして仕事をサボると悪いし?僕が香夜ちゃんをしっかり監視してないとね」 途端に弾んだ声に言葉を遮らた。 私のセンチメンタルな気分を返して!そんな心の叫びに、アニスは気付くわけもなく。 バラバラに動く二本の尻尾を悪戯に弄んでいるアニスを前に叫びたい気持ちを押し殺した。 |