「でもどうして泣いてるってわかったの?」
落ち着きを取り戻した私は、アニスと共に私の部屋に。
そして、二人でベッドに腰を下ろしていた。
「僕は香夜ちゃんの事なら全てお見通しなんだよ」
意味ありげに、愉快そうに笑うアニスを疑いの眼差しで凝視する。
「ま、まさか……隠しカメラ!?盗聴器!?」
「まさか」
馬鹿にしたように笑うアニスを強く睨めば、そんなのお構いなしとばかりに満面の笑顔で私を見る。
「そんな機械に頼らなくても、僕には強い味方がいるんだよ」
「味方……?」
「そう言えば紹介してなかったね。フェンネルが来た事を教えてくれたのもロビンなんだけど、お礼くらい言っても良いかもね」
紹介も何も、そんな胡散臭い味方ってどんな事をする人なの?
アニスにお見通しと言わしめる、ロビンさん。ましてフェンネルさんが来た事を教えてくれただなんて。
興信所の人とか?……ずっと私をストーカーばりに見張っていたとでも言うの?
「特別に会わせてあげる」
相変わらずの上から目線の物言い。
はいはい、会わせてもらいましょうか。
そのストーカー紛いの方に!
アニスに手を引かれベッドから立ち上がり、向かったのは……アニスの部屋。
まさに“魔境”と、私の中での位置付けされた部屋。
……あの卑猥な道具がひしめき合う部屋もかなり混沌とした部屋ではあったけど、テラスから一度だけ見たアニスの部屋は太陽光が反射していて、中の様子を窺い知る事がなかった。
あの日以来、テラスに出てもアニスの部屋には厚そうなカーテンで窓を覆っていて、部屋の中の状態がどんなモノなのかもわからない。
それにアニスの部屋、あの卑猥な部屋。その二部屋は入らないようにと言われてもいた。
アニスの部屋に至っては、よほど私を信用出来ないのか、ご丁寧に鍵までかけられていたのだし。卑猥な部屋には近づきたくもなかったので、言われなくとも……といった感じだ。
若干腑に落ちない事もあったけど、掃除する部屋が減ると言うのは、私にとって喜び以外の何物でもないので深くは突っ込まなかった。
一度も立ち入った事のない、アニスの部屋にこれから行くのかと思えば、少しだけ好奇心を擽られる。
私の窮地を救ってくれたロビンさんとやらがいるらしい、アニスの部屋。
「どうぞー」
ドアを引くアニスに促され、中に踏み入る。
「お、お邪魔します……」
背中でドアが閉まる音を聞き、私は辺りを見回した。
簡素、その一言に尽きる。
アニスの部屋には、デスクトップのパソコンが三台、閉じられたノートパソコンらしき物体が右の壁際に置かれた長い机に並べられている。
そしてベッドが反対側に置かれていて、正面にはカーテンの引かれた……きっとテラスに通じる窓。
そのカーテンの隙間から細く漏れる光で、何となくだけど様子はわかる。
けれど、そんな簡素な部屋に不釣合いな猫足のついた、人の上半身が映るほどの大きな鏡が机の脇に置かれてあった。
黒い木製の猫足が四本、細かく彫られた枠は蔦が絡まり赤黒い花が所々に色を添えていた。
「これがロビンだよ」
アニスはカーテンを開け、窓から入る太陽光で部屋の中が途端に明るくなる。
不思議なモノを見るように鏡の前にいた私に、アニスは鏡をロビンだと紹介した。
「この鏡が……アニスの味方?」
「そう、強い味方ー」
鏡に名前をつけ、あまつさえ味方などと言うなんて。
もしかして私よりも可哀想な人なんじゃないだろうか。
なんて不憫な……。
哀れむような目でアニスに微笑めば、横目で私を睨み返された。
「僕、命を持たないようなモノに名前をつける趣味はないよ。香夜ちゃんじゃあるまいし、そんな変な事しないから」
思った事をあっさりと返され、私の顔が引きつる。
わざわざ私を引き合いに出さなくても良いのに。
「ロビン、ほら、早く香夜ちゃんの誤解解いてよ」
アニスは鏡に向かって急かすように細工の施された木枠を撫でる。
それは指先で鏡を擽るように。
「ほらほら、鏡のフリなんてもう良いから」
傍から見ればただの変な人に見える、アニスの行動に呆然としてしまう。
一体鏡相手に何をやっているのか。
「僕一人で喋ってるとまた香夜ちゃんが変な妄想するから、ほら早くー」
執拗に擽るアニスは両手を使い始めると、鏡が大きく歪んだ。
硬いはずの鏡が、作り途中の飴細工のように伸びては縮むを繰り返す。
そして床にしっかりとついていた四本の猫足がそれぞれ命を持ったように動き出した。
この奇妙な現象に呆気に取られていると、アニスの手が止まった。
「ここまでして僕を変人扱いさせたいなら、ロビンを壊してやる」
アニスが凄みを利かせて話したとほぼ同時に、猫足の鏡はその姿を変貌させた。