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空想庭園



助けてください、身体がおかしいんです……。
目の焦点すら合わないけれど、私は揺れる視界の中で必死にフェンネルさんへ助けを求めた。

「手作りと言っても、その苺に薬を注射しただけの事ですけど」

眩暈のような感覚に襲われる。頭が重くて、座っているにも関わらず足が地に着いていないような揺れる感じに気分まで悪くなる。
フェンネルさんのセリフの意図する事って……。

「即効性にしても、薬が効きすぎたようですね」

緩やかに上がる唇が恐ろしく思えた。
私はソファに座ったまま身動きが取れないで、フェンネルさんの澄んだ声を聞いた。

「どうです?アニスなどを止めて、私と一緒に魔界に行きませんか?」

声も出せず、ただただ驚く。
そんな言葉を聞きたいんじゃない。
私を助けて欲しい、それだけ。

「“はい”、“いいえ”、どちらでしょうか?」

ぎこちなく首を横に振る。いや、振ると言っても僅かにしか動かなかったと思うけど。
壊れた機械のような動きで、意味がわからない事を声に出せない分、精一杯身体で表す。

「それが答えですか?」

駄目だ、この人は私の言いたい事をわかってくれない。
アニスなら……、きっとわかってくれたはずなのに。

いつも人の僅かな顔色を逃さない。
……そして悪戯ばかりするけど。

いざと言う時だけは助けてくれる。
……そこには貸しが発生するけど。

でも……、それでも良いから。
だからアニス、帰ってきて――。

するとフェンネルさんは徐に立ち上がって目の前のテーブルを蹴りつけた。
弾かれたようにテーブルに乗っていたお茶のセットやケーキが絨毯に散らばる。
派手な音に過敏に反応して声を上げたかったけど、痺れる身体ではその声すら上げられない。

「ならばこのままあなたを本当の奴隷にしてあげましょう」

先ほどまで見せていた涼やかな表情のまま私に近付き、ただそれに似つかわしくない声ばかりが耳元で囁かれる。
その威圧的な声に息を呑もうとすると、フェンネルさんは不意に私の肩を押した。
次には私の腰に馬乗りになり、髪を鷲掴んで私の顔をソファへ押し付けた。

苦しくて呼吸すらままならないほどの圧迫感に、呻き声を上げるしか出来ない。

「一瞬で終わります、安心してください」

もがこうにも身体が言う事を利かない。

金属が擦れ合う音が聞こえ、少し身体が軽くなったと思った瞬間。
刃物によって衣を裂く音、暴かれた背中が空気に触れた。

「王家直属の本物の奴隷になれるのです、光栄と思ってください。それも、私専用の……」

髪を掴まれ強引に横へと顔を向けられる。苦しみの声すら上げられず、不自由な身体はフェンネルさんのなすがまま。
硬直した身体に、こんな急な動きはとても苦痛を感じた。

「これが私の紋章です」

目の前にはフェンネルさんの右手。そしてその上で浮かんでいるのは金色の光り輝く掌よりも少し大きな物体。
よくよく見れば横向くドラゴンのような生き物が手に王冠を持つ姿があり、あまりの気味の悪さに眉間に皺を寄せるとチラつかされた紋章は瞬く間に炎に包まれた。

「これを使ってあなたに奴隷の印を肌に刻んであげましょう」

揺れる炎。
これを使って肌に刻むって……。

「――焼印。一生消えない印ですよ。そして私の誘いを断った事、死するその日まで後悔してください」

私に見せ付けていたフェンネルさんが手が視界から消える。
次に感じたのは背中を撫でる不気味な熱。

フェンネルさんは本気だ、もう駄目。
私はこれから襲い来る痛みに耐えようと、力の入らない身体を萎縮させた。

「誰の許しを得てここに来てるの?フェンネル」

熱が急激に冷える音。
フェンネルさんに掴まれていた髪が解放され、頭に感じていた圧迫感が消えた。

視界の端に見えたのは、誰かの足。
覚束ない視線をゆっくりと上げれば、フェンネルさんがさっき見せていた紋章を握ったアニスが立っていた。

熱かった空気が一瞬にして冷たいモノへと変化し、それはアニスの手から放たれているのだと気付いたのはすぐだった。
金色の紋章を熔かさんばかりに覆っていた炎は消え、所々氷片が金色にこびり付いている。

「相変わらず失礼な口のきき方ですねアニス。久しぶりに会いに来たんです、歓迎してください」
「歓迎されたいなら、何でこんな事してるの?」

落ち着いた声でフェンネルさんはアニスに話しかけながら私の身体からその身を退かした。

苦しかった呼吸も楽になったものの、いまだに手足は少しも動かせない。
アニスは無様な恰好で横たわる私に、ソファに掛けられていたカバーを剥がして背中を隠すように覆わせた。
いつもの陽気さを感じさせない、重く吐き出された言葉に少し身震いしていまいそうになる。

けれど、アニスが来たと。助かったと、安堵して滲み出す視界を押さえようと瞼を強く瞑った。

「アニスが留守と言う事で、少し暇つぶしをしていただけですよ」
「……わざわざ薬の仕込んだ手土産を持って?」
「あれは……、アニスの奴隷がどれほど利口かどうか、確かめてみようと悪戯をしただけです。教育を怠っているのではないですか?簡単な自己紹介で私を家に招き入れ、あまつさえ持ってきた食べ物を喜んで口にしてましたよ」
「……香夜ちゃん」

さっきまであった怒気は微塵も感じられない。
目を開ければアニスは私に哀れむような目を向けていて、悲壮な声で私の名を呼んでいた。





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あきゅろす。
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