インターホンが鳴り、またアニスが変な物でも注文したのではないかと思いながら玄関に向かう。 何も聞いてはいないけど、ドッキリ企画か何かで私に対する嫌がらせを用意でもしたのではと恐々とドアを開けた。 「こんにちは、初めまして」 そこには嫌がらせから遠く離れた場所にいるような、紫の髪が揺れる見目麗しい青年が立っていた。 上等そうなスーツに身を包み、でもそこにはちっとも嫌味なんてなくて、ただその姿に圧倒してしまう。 「ど……どちら様でしょうか」 目の前の青年から放たれる色気に、声を裏返しながら質問する。 「私はアニスの古い友人でフェンネルと言います。近くまで来たので久しぶりに顔を見ようと思って来たんですが……」 そう言ったフェンネルさんは、左手に持っていた小さな箱を持ち上げて申し訳なさそうに微笑んだ。 見た目はケーキでも入ってそうな小さな箱。それよりなにより、フェンネルさんの笑顔にほだされた私は、悩む間も無く。 「今アニスは出掛けてて……、すぐに帰るとは思いますので良かったらどうぞ」 少し浮かれながらフェンネルさんにスリッパを出して招き入れた。 耳が隠れるくらいの髪は前髪も少し長めで、穏やかに細められた目は金色の輝きを見せた。 ユベールさんも素敵な容姿ではあったけど、彼は容姿だけ。中身はシベリアのツンドラのように身を突き刺すような冷酷非常な男。 対するフェンネルさんからは、春のような温かさを感じる。 なぜこのような素敵な人がアニスの古い友人なのかは謎だけど、軽くなる足取りでフェンネルさんをリビングへと案内した。 「あの……、アニスと古い友人と言う事はフェンネルさんも魔界の方なんですか?」 「ええ、そうです。これケーキです、良かったらどうぞ」 軽く答えるフェンネルさんは小さな箱を私に渡しながら、ソファに腰を下ろした。 「ありがとうございます」 私はいそいそとしながらキッチンへ向かい、紅茶の準備をした。 準備をする合間に箱を開ければ、艶やかな苺が綺麗なショートケーキが四つ入っている。それを二つ皿に移し入れ、トレイに乗せて紅茶と合わせてリビングへと運んだ。 その途中、ちらりとフェンネルさんを盗み見れば長い足をゆっくりと組みながら窓から見える風景を眺めていた。それは優雅でいながらもどこか貫禄のある風貌。 絵画と見紛うばかりの光景にうっかり見惚れていれば、もつれる足。 「きゃ……」 「危ないっ」 トレイを左手に、私を右腕に。 「大丈夫ですか?」 「は……い」 咄嗟の事だったのにフェンネルさんは私を器用に受け止めていた。どうせならこのまま時が止まってくれればと思ったけど、熱くなる顔をフェンネルさんに覚られまいと身体を離した。 そしてトレイをテーブルに乗せながら耳を掠める落ち着いた声。 「怪我はないですか?」 少し心配そうに下げられた眉、優しい眼差し。 この家に来てから初めて受ける、女の子のような扱い。 もしかしたら私が待っていた王子様はフェンネルさんかもしれない。 素敵すぎる……。 「せっかくの紅茶、冷めないうちにいただかせてもらっても良いですか?」 「あ……どうぞ」 ソファに座り直したフェンネルさんは長い指でティーカップの持ち手を摘んで口に運んだ。 男の人の仕草がこんなに色っぽいものだと感じてしまった。初めての感覚に、私はフェンネルさんを食い入るように見つめてしまう。 「どうしました?」 「いえ!……何でもないです」 見ていた事を悟られたのか、フェンネルさんは金色の目を細めて絡めるような視線をくれる。 綺麗な男の人を前に、緊張して乾いた喉に紅茶を流し込んだ。 そして飲みながらフェンネルさんを盗み見る。 この目……。どこかで見たような。 「ケーキ、いただきますね」 もらったケーキに早速フォークを入れる。赤い苺に添えられたセルフィーユが可愛らしいな、なんて思いながら口に入れた。 控え目な甘さに、木目の細かなスポンジ。三層になったスポンジの間には苺と生クリームが仲良く折り重なって挟まれている。ほんのりと鼻腔を抜ける洋酒は大人を感じさせた。 そしてこの苺の瑞々しさと言ったら!咀嚼するたびに出てくる果汁に溶け出した甘酸っぱさが素晴らしい。 「……美味しい」 「そうですか?」 「本当に美味しいです、どこで買ってきたんですか?」 ケーキが入っていた箱は真っ白な無地の箱で、どこのお店かは見当もつかない。 こんなに自分好みのケーキがあるのだから、他のケーキも食べて見たい。きっとどれも美味しいに違いない。 「私が作ったんです」 「え!?フェンネルさんが!?」 「はい」 「フェンネルさんってケーキ作りが趣味なんれすあ……?」 あれ……、口がおかしい。 「ら……、ろして……」 呂律か回らない。 唇が半開きのまま身体が硬直し、持っていたフォークが絨毯に転がり落ちる。 瞼が閉じれなくて、瞬きが出来ない。自然と涙が溢れてくる。 すると優雅に紅茶を飲んでいたフェンネルさんは何事もなかったようにカップをソーサーに戻した。 |