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空想庭園



「こんにちはー!カヤちゃん、来たよー!」

ツキちゃんの弾んだ声に反応し、私はアニスの手を振りほどいて走って玄関に行く。

「いらっしゃいツキちゃん、早く入って」
「すごいね、カボチャが一杯……。カヤちゃん……その格好」
「僕がカボチャ狩りで採ってきたんだよ。で、僕がジャックランタンにしたんだ。可愛いでしょ?」
「お前には聞いてねー変態緑。だからカヤちゃんの格好……」
「はい、月胡ちゃんとユベールの分」
「はァ!?意味わかんないし!って、渡されても困る!ちょっと変態緑!」

ユベールさんとツキちゃんにそれぞれ衣装を押し付けると、私はアニスにリビングへと引摺られて行った。
横暴なアニスへツキちゃんが悪態をついていたけど、その声が喧しかったのかユベールさんに怒られていた。

「ちょっと!開けやがれぇ!」
「何を言っても無駄だ。もしアニスの言う通りに動かなければ、もっと面倒な事になる」
「ふざけんなっ!どうして私がこんなモノを着なきゃ……。ナンジャコリャーッ!」
「たとえどんな衣装でも一時の事だ、少しくら目を瞑れ。……この借りはキッチリ返させてもらう」
「そんなのはユベールと変態緑の中だけだろーが!私には貸しも借りも知ったこっちゃない!」

ツキちゃんを客間に押し込んだらしいユベールさんは、閉じ込めたままのドア越し言い合いをしているようだった。

……ツキちゃんの悲痛な叫びに、私は居た堪れなくなってアニスに視線を向ければ我関せずとばかりに、マントを翻しながら杖を振り回して楽しそうにしていた。
そして怒りの治まらないツキちゃんに対して、切り札の言葉を大声で喋り始めた。

「月胡ちゃんの写真、脱衣カードゲームにして売りにだそうかなー」
「バカだろ変態緑ー!」
「その挑戦状、確かに受け取ったよ月胡ちゃん。このご時勢だから使っていない工場とか安く手に入るだろうし、生産ラインを用意しないとなぁ。早速販売ルートの確保もしなきゃ」
「今の言葉は嘘ー!着るよ、着るからっ!」

私にとってこのやり取りは眩暈のするような怖いモノだった。

アニスに裸体の写真を撮られているツキちゃん。
私のぬいぐるみ好きなどと言う些細な弱みなどとは雲泥の差と言える、本当の弱み。
諸国漫遊する老人のお供が持つ印籠レベルの切り札を振り翳すアニスは表情一つ変えず、至極楽しそうにツキちゃんとの会話を堪能しているようだった。

「そんな物を作るんじゃない」

アニス達の会話を聞いていたのか、着替えの終えたユベールさんが黒色のマントに身を包んでリビングに姿を現した。

「どうしてー?」
「月胡の裸体でカードゲームなどと、買い手がつかないような代物を作ってどうする。赤字になる事があっても、儲かる事は絶対ない」
「えー、マニアとかなら買うんじゃないのー?」
「たかだか数人のマニアのために工場を買い取って数千万の金を捨てるつもりなのか?」
「んー、それは嫌だなぁ」

ツキちゃんがいないこの場で、好き勝手な事ばかり言っている二人が心底怖い。
下手したら私の知らない所でも、こんな話がされているのではないのだろうかと疑心暗鬼になってしまう。
いや、疑心暗鬼にならなくてもやっているかもしれない。

ともかくこの場はどうにかしないと、ツキちゃんが可哀想だ。
放っておいたらどこまで話が脱線するかわからない。
そう思い、妙な計画を忘れさせようと私は空気を読まずに二人の会話に飛び込んだ。

「あの、ユベールさんはドラキュラ……?」
「ん?そうユベールは吸血鬼ー。僕の見立てだからね、やっぱり似合うー」

「さすが僕」と自画自賛しているアニスに苦笑いをし、ユベールさんの吸血鬼姿をマジマジと見つめた。

ご丁寧に牙まで用意されていたらしく、それもユベールさんはきちんと装着していた。意外に律儀な人なのかもしれない。

でも……、ユベールさんのドラキュラ、とても素敵なんですけど。
横に結わえられた黒髪と、真紅の瞳。
中世ヨーロッパから飛び出してきたような雰囲気に、うっとりとしてしまう。

髪を掻き上げる仕草に釘付けになり、熱い吐息が自然と出た。

「イタタタッ!アニス、何するんですかって、ちょ!痛いっ」
「何見惚れてんのー?」
「べ、別に見惚れてなんか……痛いですって!」

突然アニスに両の頬を抓られ、強制的に変えられた視界。
目の前には愚痴の一つも零したそうなアニスが唇を尖らせていた。

「まったく、浮気性なんだから香夜ちゃんは。奴隷はご主人様だけを見ていれば良いの、わかったー?」
「だ、誰が浮気性ですかっ!っ、だから痛いですって……!キャアッ」

私が叫んでいる途中で手を引っ張るようにして離し、アニスはユベールさんに身体を向けていた。
そんな私はヒリヒリと痛む両頬を掌で擦って痛さを紛らわせていた。

「ユベール、これはオマケ。持ってて」
「吸血鬼にこれは不要だろ?」
「良いから持ってて」
「……とんだとばっちりだ」
「さてと、月胡ちゃんの着替え終わったかなー?ユベール、迎えに行ってきてよ」

ユベールさんはアニスにカボチャオバケのランタンを持たされ、素敵な二枚目風な出で立ちが一瞬にして滑稽な姿に変わってしまった。
何て勿体無い事をするんだ残念だと思いながら、リビングを後にするユベールさんの背中を見送った。
心なしか哀愁に満ちていて、ある意味ユベールさんもアニスの被害者なのかもしれない。

「いつまで見てるの?さっき言ったばかりなのに、どうして僕を見ていないかなぁ。お仕置きしちゃうよ?」
「イヒャイデス!」

これはお仕置きじゃないのですか!?
この年齢で頬を抓られるなんて、地味に痛いし恥ずかしいんだから!

「香夜ちゃんは学習能力のないバカじゃないよね?社会人になってそれなりの経験積んでるんだもの、一回言われた事は守ろうね?」

お仕置き前のお仕置きを食らっていると、ツキちゃんの大きな笑い声が聞こえてきた。





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あきゅろす。
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