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空想庭園



「来たよー」
「ああ」

私達を社長室へと連れて来たアニスは部屋にいたユベールさんに挨拶をし、自分の席であろうご立派な革の椅子へ腰を下ろした。

「月胡ちゃん、お茶」
「何で私があんたに」
「月胡ちゃん、お茶」
「……チッ」

反論しようとしていた彼女はアニスの変わらない言葉かけにそれ以上の抵抗を見せようとはせず、大きなため息を吐いて部屋に備え付けられたお茶道具を弄り始めた。
私とすれ違い様に「絶対仕返ししてやる」「クソ変態緑め」「死ねばイイのに」など、怖い言葉が聞こえてきたけど、あえて聞こえてない振りをした。

「香夜ちゃん、月胡ちゃん面白いでしょ?」
「いや……、面白いって言うか……」
「月胡ちゃんてね、打たれても打たれてもへこたれないんだよね」

企むような顔で笑うアニスはそれを隠そうともせず、私に目を向けた。
こんな事を言われる彼女がとても気の毒だ。

「仲良くしてあげてね、香夜ちゃん」

言われなくても!
彼女は私と一緒の立場に違いない、同じ匂いがする。
私の苦悩を理解し合えるのは彼女しかいない。

「はい、お茶」

アニスの前に乱暴に出されるお茶。
そして私の前で探るような目つきで立つ彼女は、茶托を持ったままアニスに顔を向けた。

「この人は誰?」
「香夜ちゃんは僕の奴隷」
「いやあああっ!しょ、初対面の人にそんな単語で紹介しないでください!」

咄嗟にアニスの口を両手で封じ、恐る恐る立ち竦んだ彼女の姿を下から見上げた。
すると急にしゃがみ込んだかと思えば、私の手をアニスの口から引き剥がし両手で握り締めた。

「カヤさん、私は浮島月胡と言います!二人の力を合わせればこの変態共を消せるかもしれないです!」
「つきこ……ちゃん?」
「私、あの変態共に脅されているんです!カヤさんもそうなんでしょう!?それで変態緑の奴隷になっているんでしょう!?」
「何言ってるの?香夜ちゃんは奴隷、月胡ちゃんは玩具だよ」
「変態緑は黙ってろっ!これからの事を変態の邪魔が入らない静かな場所でゆっくりと語りましょう。さ、善は急げです」
「あの、あの、あの……」

月胡ちゃんは私の言葉が聞こえないのか、一人突っ走りながら私を引き摺るようにして社長室を出て行った。
そして誰も来ないであろう女子トイレへと、月胡ちゃんの足はどんどんと進んで行った。


トイレに入るなり、月胡ちゃんは個室を一つ一つ開けて中を確認していた。

「よし、オッケー。ここにはあいつ等は来ないだろ」

さも一仕事したとばかりに月胡ちゃんは額の汗を拭うと、背中を向けていた身体を私に向き直した。

今までの言動を見て、彼女は極度にアニスを警戒しているのがよくわかった。
いくらなんでもアニスだってこんな女の領域にまで来るとは思わないけど、念の入れように些か感心してしまうくらいだ。

「カヤさんも変態緑に脅されてるんでしょ?やっぱり写真で撮られたんですか?それとも金ですか?」
「月胡ちゃん、さっきから話がよく見えないんだけど、詳しく話して?」

それから月胡ちゃんはアニス達の出会いから、今までの事を一気に捲くし立てるように話してくれた。
ユベールさんの無愛想で無神経な所が気に入らない事や、アニスへの怨念めいた恨み言が半分以上あったけど。

でももしかしたら私以上に辛い目にあっているような気がする。
私がそんな写真を撮られてしまったら、きっと生きていけない。
やると言ったらやる男、やらないと言ってもやる男、それがアニスだ。言う事を聞かないからとワールドワイドに他人の恥を晒しかねない。

立場は私と酷似しているのは確か。
親近感で溢れ、私は知らず知らずのうちに月胡ちゃんの手を取っていた。

「月胡ちゃん、一緒に頑張ろうね」
「カヤさん!」

私達は強い絆で結ばれた。
トイレと言う場所にも関わらず、洗面台に身体を預けながら延々と話をしていた。
主に共通項であるアニスとユベールさんへの愚痴。
ユベールさんとあまり接点のない私はユベールさんへの愚痴を月胡ちゃんから聞いていただけなんだけど。
アニスの愚痴は後から後から湧いて出てきて困るくらいだった。
ただでさえも女の子はお喋りが大好きなのに、共通の敵が話題の種なだけに、本当にいつまでも尽きなかった。

互いをカヤちゃん、ツキちゃんと、愛称で呼び合うほどに仲良くなっていた私達は、どれほどの時間をお喋りに費やしていたのだろうか。

「香夜ちゃーん、帰ろーよー」

トイレの外からアニスの間延びした声が聞こえてきた。
楽しい会話に水を差されたせいなのか、ツキちゃんは舌打ちをしてトイレのドアを睨みつけていた。

「もう行かなきゃ」
「あんなの無視しよ、無視」
「でも放っておいたら大変な目に合うから」

そう。
無視して満員のバスで大恥を掻いたんだ。
あんな目には二度とあいたくない。

帰る気持ちを変えそうにないと察したのか、ツキちゃんはそれ以上は何も言わなかった。
ただ残念そうに俯きながらアニスへの恨み言を呟いていた。

「今度家に遊びに来てね」
「……でも変態緑もいるんでしょ?」
「う……ん。けど大丈夫だよ、私もいるし。何かあったら私が庇ってあげるから」

守ってあげると強気に言えない私が、実際どれほどアニスに抵抗できるか不安ではあったけど。
それでもツキちゃんとは再会を約束したかった。
共通の敵を持った友達と言うのは、これほどまでに心強いのかと思い知らされた。

「香夜ちゃん、見ーつけた」

楽しかった時間はアニスの女子トイレ来訪とツキちゃんの怒鳴り声で幕を閉じ、ユベールさんとツキちゃんに別れを告げ車に乗り帰路に着いた。


家に着き、疲れた身体でこれから家事をしなければと思いながら、ため息をつきつつ玄関のドアを開けた。

「香夜ちゃん、今日はオムライスが食べたい、オムライス。レパートリーの少ない香夜ちゃんでもオムライスは上手だもんね」

どんよりとした空気を纏う私を構う事無く、アニスは己の欲求を口にする。それも嫌味付き。
……本当の事だから反論は出来ないけど。でも私なりに上達はしてると思うし、それを評価してもらいたい。
嗚呼、今日もトニーに愚痴を聞いてもらわなくちゃ。それとツキちゃんと言う友達が出来た事も報告しなきゃ。

気持ちが沈んだり浮いたりを繰り返しながら前を歩くアニスから視線を足元へと落とせば、見た事のあるパジャマが無造作に放り捨てられていた。
しかも玄関……。

「これは何でしょうね」
「香夜ちゃんのパジャマ」
「ですよね。ところで、私……パジャマを着て寝てたと思うんですけど、どうして服着てるんですか?」
「パジャマのままでお出かけしたくないだろうなーって思って。ギリギリ玄関で思いついてね、僕が着替えさせたんだよ」

「僕って親切ー」などとほざくアニスに、私は絶叫を上げた。






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あきゅろす。
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