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空想庭園



今、珍しく車に乗っています。
それもいつの間にか。

確か私はベッドで寝ていたはず。しかし微かに感じる振動に瞼が開き、目覚めたら見慣れない車内だった。

「おはよー」
「……おはよー、じゃないですよ。ここ、どこです?」
「車だよ、見てわからない?」

私が聞きたいのはそんな事じゃない。
今車がある場所、行き先等だ。

そして今私が寝ている場所。
どうやらアニスの膝の上に頭を乗せているようで、頭上から声が聞こえてくる。
横に向いていた顔をゆっくりと上に向ければ、緑の髪をお日様に透けさせ私を見下ろすアニスがいた。

「おはよ、香夜ちゃん」

目覚めは悪い方じゃないのに、今に限ってはやたらと身体がだるく重い。
いつまでも夢の中にいるみたいで、浮遊感が心地好い。
再び挨拶をしてきたアニスを見ながら重い瞼を数回瞬かせた。

「薬、量が多かったかな?」
「……くすり?」
「香夜ちゃん、風呂上りに牛乳飲むでしょ?そこに一服」

悪びれなく話すアニスに怒りたいけど、まだ頭が覚醒し切っていない。
口を開くのも億劫で、大きく深呼吸をして怒りを逃すに留まった。

「昨日言ったじゃん、僕の会社に行くって。嫌がってたから、眠っている所を連れ出したんだ。薬でも盛らないと、黙って車に乗ってくれないでしょ?」

そんな自分勝手な。
行きたくないって言ったのを知ってて昨日は無視してたのか!

「すぐに着くから、それまで寝てて良いよ。おやすみ」

アニスにたくさん言いたい事があったけど瞼の上に置かれた手が視界を閉ざし、揺れる身体が睡眠を欲したままに言われた通り眠ってしまった。


どれくらい寝ていたのかわからないけど、少しは楽になった身体。
気付いた時は車が止まっていて、寝ている体勢もさっきのまま。いっそ夢であればと思っていた事は現実のもので。

「薬抜けた?」
「たぶん」
「良かった」

私の返事にアニスは金色の瞳を優しげに細めながら私の身体を起こしてくれて、労わるような手つきで頭をソッと撫でた。
いつになく優しい行動。まだ夢の中なのだろうか。アニスが優しいわけないのに……、もしくは優しさの裏には何かとんでもない事が待っている。

「失礼な事言わないでくれる?僕ってフェミニストの塊なんだよー?」
「声に出してませんけど」
「顔に書いてある。僕が優しいの気持ち悪いって」

もう何も考えまい。私の頭の中を読み取るような奴の前で考え事をしていたら、全て覗き見されてしまう。私の脱奴隷計画も丸潰れになってしまう。
無心、無心だ、頑張れ香夜。

「私、どれくらい寝てました?」
「一時間くらいかなぁ」

車から降り、グレーの壁が空に伸びるビルの前に連れて行かれた。
アプローチが真っ直ぐビルの自動ドアへと続き、その隅に黒く丸みの帯びたオブジェが二つ並んでいる。
無機質なビルに柔らかな印象を与えるオブジェが良い意味でアクセントとなり、落ち着いた感じが何とも品が良い。

「……って、このビル。私の会社の隣にある、あのビル?」
「前に勤めていた会社ね」

前にってアニスが勝手に辞めさせたんじゃない!そこに私の意志は何もないのに、勝手に辞めさせたんじゃない!
巧妙に……私の声色を真似てまで、リアルに感じる理由までつけて!

一々細かい突っ込みを入れてくれるアニスに言いたかった言葉が喉元まででかかった飲み込む。
反論したら駄目。またアニスのペースに持っていかれるだけだ。

唇を尖らせて俯き、怒りを発散させているとアニスは意味ありげなニヤついた顔で私を覗き込んだ。

「学習してるんだねぇ。でも、少しくらい反論してくれないと、僕つまんなーい」

おどけるアニスについて行きながら、悔しさで心の中に吹き荒れる嵐をどう静めようかとひたすら無心を装うことに必死だった。

苛立ちながらアニスの足を見ていると不意に止まり、思わず仏頂面のまま顔を上げる。
広い吹き抜けのホールには受付の女の子が二人。愛想の良い綺麗な子と、眠そうにしている女の子が座っていた。

「おはよー月胡ちゃん、久しぶり」
「こっちくんな変態」
「浮島さん!」

愛想の良かった綺麗な女の子が突如として般若のような顔になる。
私はその瞬間を見逃さなかった。上品そうで緩やかな笑顔が、一瞬の内に豹変するととても怖い。

浮島さんと呼ばれた女の子は怒られた事など気にも留めず、アニスをジッと睨んでいた。

「浮島さん!なんて口の利き方してるの!?社長、申し訳ありません。ほら浮島さん!社長に謝罪してっ」
「嫌」
「社長!私嫌です、浮島さんの教育係なんて無理ですっ。お客様に対しては礼儀正しくても、社長や副社長にこのような態度を取るようでは社員に示しがつきません。もしこの現場をお客様に見られでもしたら、それこそ我が社の汚名にしかなりません!」

綺麗な女の子は受付に髪を振り乱しながら突っ伏して泣き始めた。
無理ですっ、無理ですと何度も叫びながら。

「月胡ちゃん借りてくね」
「永遠に借りててください社長!」

嘆願に似た声を上げる女の子にアニスは「すぐ返すから」と返事をすると、女の子は再びこの世の終りとばかりにがっかりとした表情で泣いていた。

「離せ変態っ」
「変態なのは認めるけど、一応社長なんだから少しは口の利き方直しなよ」

ギャーギャーと喚く女の子は眠気が飛んだのか、とても元気な様子。
そしてそんな女の子に対し、アニスは実にあっけらかんとしていた。

――もう一人の私がいる。
アニスに強引に引き摺られる様は、まるで鏡を見ているようで少し可哀想に見える。
彼女はきっとアニスの玩具になっているに違いない。だってあのアニスの楽しそうな顔。何度も見た、私を虐げて楽しんでいる時の顔だ。

ここにも私と同じく身を犠牲にするような人がいると思えば、アニスの傍若無人っぷりを止めてあげたい。

「アニス、そんなに無理強いしなくても」
「良いの良いの。月胡ちゃん……」

アニスは暴れる女の子の耳元で何かを囁くと、途端に大人しく……。
耳に耐え難い言葉でアニスを罵った後の沈静化ではあったけど、表情を険しいままにアニスの後ろを大人しくついて行った。





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あきゅろす。
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